RSS | ATOM | SEARCH
『その先にあるもの』について (商売のヒント vol.16)

 いよいよ師走ですね。クリスマスの話題やら紅白の話題など、年の瀬があっという間に来てしまいそうです。中国の礼記(らいき)の大学に「小人(しょうじん)閑居(かんきょ)して不善(ふぜん)()す」とあります。人間ができていない人は、暇にさせるとろくなことをしないという意味でしょうが、世の中はうまくできているもので、私みたいな小人は閑居する暇がないほどあっという間に一日が過ぎていきます。一日がゆっくり過ぎるというのは、人間的に大成した人の特権かも知れませんね。

それはさておき、私は「(せい)藍会(らんかい)」というコンサルタント集団の一員として「業界貢献コンサルタント養成講座」というものを半年かけて毎月1回ずつ開催しております。これは、その業界で培った「技」を持った方々に、その「技」を生かして、もう一度業界に貢献してもらおうという趣旨でやっているものです。その講座が127日付けの読売新聞の夕刊に紹介されました。コピーをお付けしましたので御興味のございます方はぜひ一度お目通しください。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第16回目を始めましょう。

 

『その先にあるもの』について

先月は千葉の滝口長太郎さんの「新規事業のヒラメキ」のお話をしましたが、最近、ちょっと感じていることをお話します。

現在の日本の経済状況は100人に聞いて100人「悪い」という返事が返ってきそうな状況ではないでしょうか。しかし、その中でも結構頑張っている企業も当然あります。新聞や雑誌などで紹介される記事については、特殊な技術を持っている会社などだけ取り上げられ、具体的にどうしたらいいのか皆目見当がつかない気がします。しかし、実際にはそのような特殊な技術がなくても伸びている企業はあるのです。東京中小企業家同友会という経営者の会合に出てみると「何でこの人が?」という人とたまに出会います。ほとんどは、普通の中小企業の社長さんで、何とか長年売ってきたものを頑張って売っているというスタイルなのですが、時たますごい人と出会います。私はそういう時に「この人は何が違うんだろう」というアンテナを張ってその人の話をじっと聞くようにしています。何か普遍性のあるものはないかというアンテナです。つまり、同じようにやれば皆さんも儲かることはないかということです。

先日お会いした方は、Mさんという30代前半の社長さんです。この人の話を聞いていると本当に「何でこの人が?」と思えました。25,6歳で開業してまだ数年なのに、かなり業績を伸ばしていらっしゃるみたいです。けっして口八丁手八丁の話し方ではなく、逆に素朴な印象を受けました。つまり舌先三寸で業績を伸ばしていないことがわかります。業種はIT業種ですが、10年前ならいざ知らず、この御時勢、同業は掃いて捨てるほどいます。その中で、伸びている理由は何なのだろうという興味がわいてきました。仕事の内容を聞いてみると、WEB制作、社内ネットワーク構築、イーコマースサイト運営など、どれも同業他社がひしめく仕事ばかりです。ところが、そのひしめく中でお客様を掴んで離さない何かがあるみたいです。もう少し聞いてみると、実際会社として表向きに掲げてあるのは上記の仕事ですが、その仕事以外にもいろいろなところで御活躍なされているのが垣間見えました。町おこしの相談や商店街の活性化などにも一役買っているようです。

その経営者の成功のカギは、どうやら「その先にあるもの」のように思えます。ホームページや社内システムなどいくらでも競合はあるのですが、彼はその先にある「ホームページを作って何がしたい」「社内システムを作って何がしたい」というところまで踏み込み、さらに「何がしたい」という部分にまで一緒に考えているようです。通常、システム開発では「そのシステムを作ってどういう効果を狙っているのですか」という部分までヒアリングした上で作成するのは常識ですが、作ったあとで「何がしたい」という顧客の要望どおりに事が運んでいるかという「お節介焼き」の部分まで踏み込んでいるソフトハウスは少ないように思えます。第一段階の「どういう効果を狙っているのか」という質問さえせずに「いくらで作ります」というのでは価格競争の世界から抜け出せないことはわかりきっています。しかし、第一段階だけでも不十分なのではないでしょうか。本来、顧客は「そのシステムを使って何々したい」というのが根本にあるわけで、言い換えれば「何々をするためにシステムを作る」わけです。従って、システムは作ったけれど「何々はまだ達成できていない」ケースも多いのではないでしょうか。すると、顧客はシステムは作ったけれど本来の目的は達成していないことになります。顧客もソフトハウスにそこまでお願いするのも気が引けるのか、また期待するほうが間違っていると思っているのか、真剣に相談することはあまり無いように思います。すると、システムを作ってもうまくいく保証がないのなら「安くできるところに頼めばいいや」という発想になってしまうのではないでしょうか。顧客の本来の目的を達成するお手伝いは「お節介焼き」かもしれませんが、そこに本当の差別化、付加価値というものがあるように思えます。口で言うのは簡単でも、頭で考えてなかなか差別化や付加価値はどうしたらよいのかいい答えは出てきません。単なる思い込みがほとんどではないでしょうか。でも「お節介焼き」ならどの会社でもできそうですよね。自分の会社の顧客の表面的ニーズだけにとどまらす、「お節介焼き」で潜在的ニーズまでお手伝いすることにより、差別化・高付加価値で競合より一歩抜け出すことができそうです。そうするとシステム屋さんが、いつの間にか町おこし屋さんになり、販売コンサル屋さんになり、いろいろな分野で必要とされる会社・人間になっていくのではないでしょうか。

当事務所でも、11月より、若者3人で頑張っているお客様に月に一度、事務所に集まっていただき経営会議を始めました。この会社はCGグラフィックやホームぺージ制作などを手がけている会社ですが値段競争に否応なく巻き込まれています。まずは、自分たちの会社が「オタクは何屋さん?」という我社のウリの部分(存在価値、強み)を再確認するところから始めていますが、この後、マーケット・ターゲットの選定(市場の特定)、売り方(販売ノウハウの確定)と進めていきます。同時に既存の顧客に対して「お節介焼き」をやってもらおうと思っています。現段階では「お節介焼き」は私の仮説ですが、その検証を彼らにやってもらおうと思っています。もし、検証でうまく行ったなら、またこの場を借りて御報告いたしたいと思います。

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:41
comments(0), trackbacks(0), - -
『滝口長太郎さん』について (商売のヒント vol.15)

11月になりました。もう今年も残すところ50日余りです。11月となると「酉の市」の話題がテレビなどで紹介され、否応なしに師走が近づいていることを意識させられる時期でもあります。一年の途中までは、あと何日で今年が終わると意識している方は少ないと思いますが、11月12月になるとあと何日という考え方に変わってくるように思えます。人生も、あと何日ということがわかっていれば、もう少し毎日を大切に生きるのでしょうが、一生を一年に例えて、「今何月?」ということがわからないため私自身も一日を本当に有効に使っていないのが実情です。私自身「たぶんまだ9月半ばかな?」程度にしか思っていないのでしょうね。私の人生の「酉の市」がいつ来るかわらない以上、毎日明日が「酉の市」と思って生きる必要があるのでしょうね。

「酉の市」は今年は11月7日と11月19日だそうです。浅草や新宿が有名ですので活気のある場所にいるだけでもエネルギーがもらえるはずですので今年は久しぶりに行ってみようかと思います。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第15回目を始めましょう。

 

『滝口長太郎さん』について

千葉の滝口長太郎さんといえば有名な「打つ手は無限」の詩がありますが、今回はこの詩のほうではなく、御本人の自伝から面白い記事を御紹介いたします。まず、滝口長太郎さんは大正8年(1919年)千葉県船橋市生まれ、同年代は宮沢喜一元首相や細川隆一郎さんなどがいらっしゃいますので、おおよその年代は御想像いただけるかと思います。平成4年(1992年)に亡くなられています。私が今回手に入れたのは、滝口長太郎さんの自伝「体験にもとづく 逆からの商売発想 私なら無から生み出す」(蠏从儚θ行)という本です。初版は昭和53年10月(1978年)ですので長太郎さん59歳の時に書かれた本のようです。本によると26歳で復員後、商売を始められたようですので商売を始めて33年間の記憶に残るストーリーをまとめられたようです。

長太郎さんの生きた時代と今の時代は違うかもしれませんが、商売の本質は人間対人間だと私は思いますので長太郎さんに限らず、経営者の方の苦労話や成功談というものは本当に参考になります。同じ時代に生きてはいなくても、その成功や失敗の中に普遍性を持ったものが必ずあると信じています。つまりいつの時代でも通用するものです。その普遍性を見つけるというアンテナを張って本を読むとまた違った角度から楽しめると思います。

さて、長太郎さんの自伝にはいろいろ参考になることが多いので何回かに分けて御紹介したいと思いますが、長太郎さんは、まず肥料向け海草問屋からスタートし、その後、建売住宅、ボーリング場、中華料理店、ゴルフ場と多角経営の見本のような経営をされてきた方です。亡くなられた後、御子息が会社経営を引き継がれたみたいですが平成18年12月特別清算され、今ではゴルフ場にだけその名前が残っているようです。そのせいか、あまり現在では経済界で取り上げられることは少ないですが、それで長太郎さんの功績がないというわけでは全くなく、この自伝を読む限り立派な経営者と私は尊敬しています。

この本では、序文で銀行交渉、第一章での生い立ち、第二章で創業、第三章で建売住宅とボーリング場の事業展開、第四章で商社と事業提携失敗の話、第五章で中華料理店開業の話、第六章でゴルフ場展開の話となっています。その中から今回は、生い立ちと創業の部分で参考になったことを御紹介いたします。

長太郎さんは、船橋の海草漁師の子として育てられ、小学校を卒業するとすぐお父さんの手伝いをして海草漁師の仕事をしたそうです。当時は成長したら家業を継ぐことが当たり前の時代だったのでしょう。採っていた海草は刺身のツマについてくる緑色の海草(()())が主だったそうです。そんな漁に行っていたある日、漁師から足を洗う経験をしたそうです。その部分を引用しましょう。

その仏の初っあん(父親)が屈託なげにぷかりぷかりと煙草を吸っている横顔を見ているうちに、ふいに私は悪寒というか寒気というか、全身ぞくぞくしてきた。

父はそのとき四十四、五歳。物ごころついてから十何年というもの、毎日見馴れてきた顔なのに、その時に限って、父はいつもの父の顔、父の姿ではなかった。私はそこへ二十八年後の自分の顔、自分の姿を重ねて眺めていたのです。

「今日は四日分もとれたぞ」と女房にいっている私。

軒先で飯を炊く薪の煙に顔をしかめながら家の中へ入っていく私。

倅に、うどんの匂いだけ嗅いでこいといっている私。

そうした生活に満足しきって安煙草を吸ってにこにこしている私。

そんなふうに連想の映像は次々に移り変わる。なぜその時に限って父を見る私の心のレンズが異様な心象風景をとらえたのか、専門家なら心理学的な説明もつくところだろうが、たとえば「人のフリ見てわがフリ直せ」という諺程度の生やさしいショックでなかったことだけは確かだったに違いない。

「竜雄(長太郎さんの本名)どうしたんだ」

父が怪訝そうに私の顔を覗き込んだほどだからです。

「おれは海草採りの漁師から足を洗うぞ」

と、私は自分自身に語っていた。とたんに私は脈々と盛り上がる勇気を五体に感じた。

これが長太郎さん17歳の時の出来事だったそうです。59歳の時に書かれたこの本で、17歳の時の出来事を鮮明に憶えているわけですから、よほど強烈な経験だったのでしょう。17歳といえば今の高校2年生ですが、私も高校2年の時にある経験をしています。私の祖父は北海道の漁村で小さい定置網の網元と酒や食料品を扱う雑貨店を営んでいたのですが、高校2年の夏休み一人で遊びに行ったとき、突然、祖父から「もう高校2年なのだから、自分の将来の職業を真剣に考えなければダメだぞ」と言われました。当時の私は、自分の将来など真剣に考えたことなど一度もなく、「そんなの大学入ってから決めればいいや」程度にしか漠然と思っていなかったのです。私にとって祖父の言葉はまさに子供の殻を叩き割った一言だったのです。祖父の言葉がなかったら普通の平凡なサラリーマンになっていたことでしょう。私も本当に偶然遊びに行っただけですし、長太郎さんも、たまたまその日に限ってお父さんが自分に重なって見えたわけですので、人の人生は偶然とはいいきれない必然、運命みたいなものに左右されているように感じます。

さて、長太郎さんはその後、戦争に2度行って26歳で復員されてらっしゃいましたが、復員後、虚脱状態になり何もやる気が起きず、毎日浜辺で一日中、海を眺めていたそうです。

沖を汽船が通る。白帆が点々としている。飯をひと口頬張った。味も何もない。父の舟に乗って、ぬるくなった水をぶっかけ、古漬け沢庵で食った飯はどんな珍味佳肴より旨かったのに・・・ふと思った瞬間、ぶるっと胴震いが走った。父の姿に二十八年後のわが姿を重ねて見たあの時の光景が眼前へ鮮烈に蘇った。

あれから九年たっている。するとあと十八年間しか残っていないではないか。この儘いったら、自分は父よりもっと惨めな五十代六十代を迎えることになる。自分が生涯を賭けて悔いない仕事なんて、ここに百年千年坐っていたって見つかりっこない。歩くことだ、まず求めることだ、そう思った瞬間、私は電撃でも喰らったように、弁当包みを放り出してぴょこんと跳び上がっていた。ずいぶん鈍い男でしょう。こんな判りきった事に気づくまで、まるひと月かかっている。

と、立ち上がった私の耳に男の声が聞こえた。私は毎日、そこが指定席と定められでもしたように、船溜りのそばの同じ場所に坐っていたのだが、その船溜りで漁師に百姓体の男が言葉を交わしている。

「もう一貫匁出せや」と漁師。

「そうはいかねえ。こっちは汗流して作ってるんだが、おめえのは海からただ拾ってくるだけじゃねえか」

と笑いながらやりとりしている二人のあいだに、藻草が山のように積んであり、かたわらには、芋の袋や野菜が置いてある。海草と農産物を物々交換しているのだ。

馬力(馬が曳く荷車)に濡れた藻草を積めるだけ積んでえんやこらと浜辺を曳いていく百姓のあとを私は追いかけてゆき、

「おじさん、こんな物、いったいどうするんだ」と訊ねた。寒天の材料や刺身のツマにする()()でもなければ若布(わかめ)でもなければ、捨てるより仕様がないただの雑多な藻草なのだ。

「何にするって、おめえ知らねえのか。畠のこやしだよ。堆肥にするんだ」

「こんな物が肥料にいいのかね」

「いいどころじゃねえ。芋なんぞホキちゃう」抜群の効果があるという。

「千葉の農家はどこでも使ってんのかい」

「ああ、千葉だけじゃねえ。手に入りゃあ、こんないいこやしはねえもの」

「重くって大変だなあ」

「ああ、このとおり、濡れてっからよ」

馬車からぽたぽた雫を垂らしながら立ち去る親爺さんを見送りながら、待てよ、と私は考えた。濡れてるから重い。乾燥すれば軽くなる。軽くなれば梱包もできるし、遠方へ輸送もできる。資源は海中に無尽蔵にある。よし、これだ!

それまで仮死状態にあった頭の中がコンピューターみたいに動き始めた。人を雇って大量に扱う。扱うものは()()でこそなけれ、私は海草問屋になれるではないか!

同時に、私は愕然とした。ひと月のあいだ、私は毎日船溜りへ出入りする船を眺めてきた。漁師に百姓のやりとりも視界の中にちゃんと入っていた。つまりそれらは見馴れた光景であった。しかし、ではなぜこの時に限ってかれらの会話が耳に入り、芋や野菜が目についたのだろう。なぜ足もとに転がっていた金儲けの種に気づかなかったのだろう。

求める気持ちが私を自覚させた。私の目はフィルムが入っていないカメラのレンズだったのだ。フレームの中に対象をとらえ、瞼のシャッターをぱちぱちさせても、感光するものがなかったのだ。対象が何であれ、ぼんやり眺めていては何ひとつ残るものはない。「探求」というフィルムを入れてこそ具象が実る。

 

このように長太郎さんは述懐しています。このときの長太郎さんの心理状態は\験凝劼韻堂いない仕事をまず歩いて求めようと思った。△垢襪繁萋見馴れていた光景が商売のネタになることを発見した。いままでの自分を振り返ると「探求」というフィルムをとおしてものを見てこなかった。ということになると思います。私たちも商売のネタはのどから手が出るほど欲しいと毎日思って生きてきているはずです。でも、なかなか見つからない。もしかすると「探求」という純粋なフィルムに代えて「お金」という現実的なフィルムを入れているのかも知れませんね。

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:39
comments(0), trackbacks(0), - -
『商売のネタ』について (商売のヒント vol.14)

 今年は、天気の話題に事欠かない年のようです。4月後半に雪が降ったり、猛暑がいつまでも続いたり、急に秋を通り越して晩秋の寒さになったり、体のほうも変化する気温についていくのが大変でしょう。埼玉の大宮近辺では、梨が結構栽培されていて、梨農家が直売所を開いています。いままでは買ったことがなかったのですが、去年ためしに買ってみると、20世紀梨の3倍くらいある「新高(にいたか)」という梨でしたが、とてもジューシーで甘くおいしい梨でした。今年もそろそろ季節かなと思い、先週買ってみたところ、大きさは去年の3分の2くらいで、ちょっと固めでジューシーさもイマイチでした。やはり猛暑の影響かもしれません。おコメも不作のようで日本列島全体が元気に欠ける年のようです。しかし、こういうときこそ勇気を出して、一歩前に進んでみると意外と違う景色が見えるものです。まわりが立ち止まっているいまこそチャンスなのかもしれません。
 毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第14回目を始めましょう。

『商売のネタ』について

私は、東京中小企業家同友会という経営者の集まりに参加しておりますが、このたび中央区支部で有志を集めて「経営研究会」という会を立ち上げるというアナウンスをいただき、早速9月22日に参加してまいりました。第1回目なので、どのような会合にするとか、何を話し合うとか決まっておりませんでしたが、お互いどのようなやり方で業績を伸ばしているとか、失敗したとかフランクに話し合える会合でした。その中で、業績を伸ばされている方のお話が興味ありましたので御紹介いたします。ただ、私は顧問をしているわけではありませんので、どのくらい伸びているか定かではありませんが・・・。

その会社の話をする前に、今年の3月に「月間宝島」という雑誌に、「日本全国!ビックリするほど超・景気のいい話」という記事が載っていましたので買って読んでみると、27ページに2010年2.3月期に過去最高益を予想する会社の利益増加率ランキングという記事が載っていました。1位は「東京センチュリーリース」2位は「インボイス」3位は「日本車輌製造」4位は「宮崎銀行」5位は「コロワイド」というように30位までが載っていました。その時に、何故「東京センチュリーリース」が1位なのだろうと疑問を抱きました。リースといえば「リース会計」という制度ができてから各会社はリースを敬遠しリースを使わなくなっているはずなのに何故伸びているのだろうと疑問に思ったわけです。そこで調べてみるとオートリースが伸びていることがわかりました。いわゆる車のリースです。車のリースが増えているのが好業績の重要なファクターということがわかりました。

さて、初めて「経営研究会」でお会いした方は、Iさんといい自動車のメンテナンス、保険を引き受ける会社だそうです。やっている仕事は昔からある自動車整備工場と同じことだと思うのですが、自動車整備工場は車のメンテナンスだけをやり、Iさんの会社は大企業などの車両整備費用、人件費の削減をやっていることが大きな違いのようです。どのようなことかというと、大企業は全社あわせると相当数の自動車を持っています。この自動車を持っているだけで、毎年、自動車税がかかり、3年あるいは2年ごとに車検費用がかかり、修理に出すと修理費用がかかり、減価償却費の計算も必要となります。また、整備不良で事故などを起こした場合、社会的イメージダウンは計り知れないものとなります。個人で1台持っているだけでも結構面倒なものですが100台、200台となる大企業は、その管理だけで専任を置かないと間に合わなくなってくるはずです。また、専任を置いたにしても全国の拠点の1台1台がどのような状況か知ることはかなり難しいものとなります。そこでカーリースとなると所有権はリース会社ですので、税金も、車検も、整備もリース会社がやることになります。当然、諸費用はリース料に上乗せされるわけですが、基本的に企業は請求されたリース料だけを支払っていれば事足りる話であり、大変な思いをして管理する必要がなくなります。また、リース会社は基本的に金融機関と同様ですので、お金を貸して利息をもらえればいいわけですから、整備などはどこか外注してしまうことになります。この大企業とリース会社の「面倒くさい」を解消するのがIさんの会社のお仕事のようです。「面倒くさい」の解消とは、「人件費の削減」につながります。大企業というのは「人件費の削減」あるいは「効率化」ということに対して、とても有難く思えるようです。その削減された人件費とサービスのお値段を比較して数千万円もだすこともあります。先ほど紹介した宝島のランキングの2位の「インボイス」という会社も社名のとおり大企業に来る電話代の請求書をまとめてあげて1本で請求するというのがビジネスモデルです。私の事務所でさえ電話代は3本の請求書が毎月来ます。大企業ともなれば千枚単位も珍しくないでしょう。それが1枚にまとまってくればどんなに楽かということになります。さらに支払いも1回で済むならば本当に感謝されることに違いありません。中小企業で「ちょっと面倒くさい」ことが大企業では「とっても面倒くさい」ということになります。ソフトウエアでも、いままで10人かかっていた仕事が1人2人でこなせるというところに導入の価値があるはずです。「このソフトを使うとこういうことができます。」というのでは個人には通用するかもしれませんが大企業には通用しません。「このソフトを使うとこのように人手がかからなくなります。」ということに価値を見出すわけですから視点のギャップを理解しておかないと「労多くして功少なし」となるはずです。

Iさんの会社も車両のメンテナンスを「面倒くさいの解消」に結びつけたところが発想の転換で伸びているわけで、発想の転換ができないと斜陽産業の自動車整備工場になってしまいます。しかし、Iさんの会社も業績が伸びるということは資金が必要になってくるようです。車検代や修理代は毎月一定額が入金になりますが、立替払いが多いのがこの業界の特性ですので増えれば増えるほど資金需要も大きくなるようです。金融機関との綿密な調整が必要のようです。また、先ほど紹介した「インボイス」も立替払いが企業の要請だと思いますので、その需要を満たしていくと必然資金需要も大きくなるでしょう。

今回は大企業向け「商売のネタ」を御紹介しましたが、これは大企業のみならず人材の乏しい中小企業にも当てはまることだと思います。また、これからも皆様のお役に立ちそうな情報がありましたら御報告いたします。 

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:36
comments(0), trackbacks(0), - -
『ピンチで大切なもの』について (商売のヒント vol.13)

 本当に、今年の猛暑はすごいですね。9月になっても、おさまる気配はあまり感じられません。特に今年は、夕立がほとんど無く、8月になってから傘を使ったのは1.2回程度のような気がします。雨が降ると、少し気温が下がり過ごしやすくなるのですが、これだけ降らないと温まりっぱなしの状態で、なかなか気温が下がらないのではないでしょうか?景気も、このぐらい過熱してくれるとみんなハッピーなのですが、なかなかそうはいかないようです。ですが、一概に「景気悪い」人たちばかりでないように見受けられます。私は、お客様の月次データを毎月、拝見しておりますが前年同月対比で伸びていらっしゃるお客様の割合が少しずつ増えてきているように感じます。前年が悪すぎた、というケースもあるでしょうが、「みんなダメ」というわけでもないようです。

先日、札幌に行ってきたのですが、夜、食事におすし屋さんに入ると満席で、近くの同じ店に回ってくださいとのことです。上にぎりが2500円という値段ですから、東京なら特上を食べることができる値段の店です。それでも、ほぼ満員の状態でしたから特定の地域やお店、業種では少し回復しているところもあるようです。ちなみに味はそれなり、値段なりでした。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第13回目を始めましょう。

『ピンチで大切なもの』について

今月は、日本税理士共済会の2009年の会報「共済会だより」から吉永みち子さんのインタビュー記事を御紹介しましょう。吉永みち子さんは、東京外語大学外国学部卒業後、競馬専門誌「勝馬」で日本初の女性新聞記者となり、その後、ノンフィクション作家となり1985年「気がつけば騎手の女房」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞されました。私は、吉永みち子さんより御主人の故吉永正人騎手のファンで、「白い稲妻・シービークロス」や「三冠馬・ミスターシービー」、「天皇賞馬・モンテプリンス」などに騎乗し、極端な「追い込み」や「逃げ」戦法で印象に深く残っています。それはともかく、記事を御紹介しましょう。

ピンチで大切なのは、捨てるものと勝負するものの見極め。

−吉永流ピンチの乗り越え方をぜひ教えてください。

吉永:私は、ピンチに直面すると、心の中で自分を実況中継するようにしています。「・・・さすがの吉永も困っております!さあどうする?」といった感じでしょうか(笑)。そうすることで自分の置かれている状況が冷静に見えてくるんです。冷静になると諦めて捨てるものと勝負を掛けるものとがわかってきます。ピンチを乗り越えるには、その見極めが大事だと思います。

東京外大を受験した時もそうでした。筆記試験の後に英語のヒアリングテストがあったのですが、テープから流れてくる音声がよく聞こえないのです。隣の人に尋ねたら「よく聞こえる」と言っています。小学生の時に骨髄炎を患った時の薬の後遺症で少し耳が悪かったんです。一瞬もうダメだ・・・と動揺しましたが深呼吸して例の実況中継をしました。「さあヒアリングの音が聞こえない!この状況をどう切り抜けるか、吉永・・・」冷静になって考えた結果、出た結論はヒアリングのテープを聞かないことでした。

−それではヒアリングテストは0点になってしまいます。

吉永:これが先ほど言った諦めて捨てるものと勝負するものとを見極めることでした。中途半端に聞いても、よく聞こえている人との勝負に勝ち目はない。それなら、聞くことを捨てて、別の勝負に賭ける。それは「なぜヒアリングテストを白紙で出すか」を英文で書くことでした。子供の頃の病気の後遺症で音声が聞き取れないこと。こういう悲しい思いを来年度の受験生にはさせたくないからスピーカーを改善してほしい。そういった内容だったと思います。もちろん絶対に勝てるといった自信はありませんが、残された可能性に賭けるしかない。しかし結果は合格だったんです。

ピンチや逆境はどんな人にも襲ってくると思います。私の経験で言えることは、パニックになったり、嘆き悲しんでいても状況は何も変わりません。まずは踏ん張って現状をそのまま受け止めてみてはどうでしょう。落ち着いて暗闇に目を慣らしていけば、少しでも光が差し込む方向が見えてくるもの。そこに全力で進んでいく。それが私のやってきたピンチの解決法です。

−ピンチに強いですね

吉永:強いとしたら、逆境を「何て不幸なんだろう」と嘆いたり、他者のせいにしたりしないで、とりあえず一度ドンと受け止める。なぜだ?と叫んでいても、誰も救い出してくれないから。よっしゃ!と受け入れた時に、跳ね返す力がうまれるのかもしれないですね。

−世界的な不景気は下げ止まりの感が報道されているようですが、まだまだ厳しい状況は続いています。

吉永:不況は一旦落ち着いたように見えますが、回復していくのはまだ時間が掛かると思いますし、その中で予期せぬ展開もまたまだあると思います。あわてて行動する前に、まず深呼吸してバタバタしないほうがいいのかも。とりあえず、ひと晩寝て、明日考えるとかね。時間とともに、状況が見えてくる。立ちふさがる壁の高さや質がわからないまま乗り越えるのは無理ですから。敵を知り自分を知れば、百戦危うからずって言いますからね。可能性の見えた方向に、全力で走るしかない。

−吉永さんのお話で多くの読者が元気になると思います。今回はありがとうございました。

 いかがですか?なかなか示唆にとんだ文章だと思います。吉永みち子さんは、小学校4年生でお父さんが亡くなり、お母さんは病弱だったようで、子供の頃から逆境の連続を乗り越えてこられたようです。御主人の吉永正人騎手も2006年に亡くなりました。

人間は、本当の危機なりピンチの時に、その人の本性が出るように思います。吉永さんのようにドンと受け止める人、他人のせいにしたり逃げ回る人、闇雲に走り回る人、どうしていいかわからず立ち尽くす人、いろいろいらっしゃると思います。また、それはそれで現在までの教育や勉強、人生経験からそうなるわけで否定するものではないと思います。ですが、このような受け止め方、解決方法があると知るだけでもいいのではないでしょうか。ピンチの自分を実況中継する。第三者的に自分を冷静に見つめなおす。そのような習慣もいいものかもしれません。

ちなみに私の場合、ピンチに直面するとまず覚悟を決めることにしています。最大どれだけ損失なり、被害なりを受ける可能性があるかという分析をして、その覚悟を決めるわけです。その分析は、ほとんど瞬時ですがとにかく覚悟を決めてしまう。そうすると不思議とピンチから脱出できてしまうという経験が結構あります。大学時代から友人によく「逆境に強い」と言われてきました。

そのころは意識できないで、ただ我武者羅にやってきたように思いますが、冷静に分析してみると覚悟の有り無しが勝負の分かれ目だったように思います。

最後に、今の私の実況中継をすると「さあ、人生も第3コーナーを回って第4コーナー直線にさしかかろうとしています!残り300m(30年)、吉村どうする?・・・・・・」

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:33
comments(0), trackbacks(0), - -
『目標貫徹の旺盛さ』について (商売のヒント vol.12)

 このところ、毎日猛暑が続いておりますが、皆様いかがお過ごしですか?去年は、梅雨明けが遅れて「夏らしい夏」ではなかったように記憶しておりますが、今年は正真正銘「夏らしい夏」のようです。日本の景気も、この夏の暑さのように盛り上がることを期待しましょう。景気といえば、7月30日発表された消費者物価指数は対前年同月比16ヶ月連続で下げを記録しているとのことです。具体的に見てみるとH20年8月の全国消費者物価指数は102.7(平成17年を100とする)でしたがH21年8月は100.4、H22年6月は99.7となっています。H20年8月からH22年6月まで3ポイント落ちています。原油高騰などいろいろ要因はあるでしょうが、単純に衣・食・住だけで考えた場合はもっと下がっているかもしれません。なにせ、私が大学時代、お金がなくて吉野家の牛丼を3日続けて食べたことがありますが、30年前でも400円だったと思います。それが期間限定とはいえ税込み270円で食べられるのですから、吉野家で働く人の給料はどうなっているのか、人事ながら心配になります。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第12回目を始めましょう。

『目標貫徹の旺盛さ』について

今月は、飯塚毅先生の「会計人の原点」から「目標貫徹の旺盛さ」という部分を御紹介いたしましょう。「会計人の原点」118Pに「発展する経営の条件」と題した文章があります。

目標貫徹の旺盛さ

Uターンしない経営者、私ごとを申しあげて恐縮ですけれども、丸ビルで米国の大学を出て博士号をもって歯医者をやっている伯父がおりました。丸ビルの屋上へ上って見ていると、東京駅を何万人という人が出たり入ったりしている。当時十五、六歳の私は、がっかりして伯父のところへやって来て、「伯父さん、僕は今日がっかりしちゃった」「なんだ、どうしたんだお前」「丸ビルの屋上から、東京駅で、人が出入りするのを見てたんだ。伯父さん、あれは一日に何万人か、何十万人か、出入りしている。伯父さん、僕はやがて勉強して世の中へ出るんだけれども、あの人たちを抜こうと思ったら、僕は、普通の人の何十万倍かの、努力をしなくちゃ、あの人たちを抜けないことになるんだろうねえ」といったことがある。そうしたら、伯父はカラカラと笑い出して、「そんなことあるもんか、お前、普通の人の何十万倍なんて、そんな努力する必要は全然ないよ。簡単なんだよ」といわれた。「なんで、伯父さん簡単なんですか」「簡単だとも」伯父はこういいました。

伯父は、つまり、総ての仕事、総ての事業というものには、それがどんな仕事であっても、必ず泣きどころ、いわゆる壁があるというんです。その場合に、人は実は九九.九%まではUターンするというのです。「お前は、Uターンしないほうの〇.一%の中に入っていればいいんだよ」といわれた。「それだけでいいんだよ。だから、何も、東京駅のあれ、あの駅から、出たり入ったり何十万人、あんなのは皆、Uターンするほうなんだ。心配するな、心配するな。お前は九九.九%のほうに入らずに、〇.一%のほうに入れ」と。いかなる企画、いかなる経営だって、そこがポイントなんだと。私はこれを伯父からもらった教訓のつもりでおります。つまり、目標の貫徹力が旺盛であるというのはそれをいうのです。

いかがですか?この「目標貫徹力」なる言葉が、日本語にあるかどうかは別として、皆様それぞれの人生の中で「目標を貫徹した」経験はあると思います。

その目標の大小、困難さのレベルの高い低いはあると思いますが、それぞれの人生の中で、それぞれの目標を貫徹しての、私を含めて今の皆様があると思います。ところが、人生の最初から最後まで、目標を持ち続けて毎日生きるというのは、なかなかできることじゃないように思えます。私を含めて大部分の人たちは、途中で「もうこれぐらいでいいか」という気持ちが出てくるように思えます。そうなると、冒険はしなくなり、安定のみを求めるようになるのではないでしょうか。そうなると常に九九.九%の人間になってしまうように思います。やはり、若い時(精神年齢も含めて)そうだったように、小さい目標から、もう一度チャレンジする習慣をつけなくてはならないと、私自身痛感しました。

目標貫徹に関して、私は先日こういう経験をしました。私は東京中小企業家同友会という経営者の会に入っています。その会では毎年、東京中の会員を集めてゴルフコンペをするのが恒例になっています。通常は80名程度の参加人数で行われる大会です。今年は、私の所属する中央区支部が幹事支部となった関係で、私も実行委員の役割をいただきました。ゴルフコンペは6月3日に行われることになっていました。最初の実行委員会は3月25日です。その席で、実行委員長のI氏が、懇意にしているゴルフ場を貸切で押さえたと発表されました。ゴルフ場とは160名の参加を約束しているというのです。通常80名のところ、その倍の人数を集めなくてはならなくなりました。とりあえず案内のファックスを送ることから始めようと決定し第1弾を流して、次の実行委員会は4月25日です。当日、事務局から報告を受けた人数は参加確定59人、参加見通し31人、合計90人ですが、参加見通しの人数を割り引いて考えると、せいぜい80名程度かなという私の印象でした。ゴールデンウィーク明けの5月6日になっても参加確定69人、見通し26人、合計95人という状況です。私、個人的には、ゴルフの予定は大体1ヶ月程度前には確定させるのが常識のように考えていましたし、平日のゴルフとなると尚更、仕事の予定との調整が必要になってくるはずですので、ここいらが限度かなという気持ちでした。ところが、実行委員長のI氏は、実行委員会で大田区の会員は三つの派閥に分かれており、何をするのでもその派閥の長に声かけをしなければだめだということと、その派閥の長が一声かけると一斉に皆が動くという情報を手に入れました。実行委員長のI氏は、その情報を手に入れるや、すかさず大田区の各派閥の長を直接訪問して協力を要請したところ、大会20日前の5月14日での参加人数は140名に達しました。最終的には138名参加のコンペでしたが、目標達成割合は86%超になり、充分、成功した大会といえると思います。わたしは経営者の目標貫徹力、言い換えれば目標達成力の凄さ、執念をまざまざと感じた経験でした。この経験から、本当の経営者に必要なことは、積み上げ式の思考回路ではなく、瞬間的にいけると思ったら一気に突き進む、そのような直感プラス行動力が必要なのだということを痛感しました。積み上げ式の思考回路では、Aさん5人連れてきて、Bさん3人連れてきてというような、どこかの営業マンのノルマ的発想しか出てこないと思います。目標を貫徹するためのキーワードに、常にアンテナをはり続け、「これだ!」と思ったら即行動、「一を聞いて十を知る」的な発想と行動力が大切なのだということがわかりました。

 ちなみに、このときの私のスコアは幹事疲れ?で80台後半でした。

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:31
comments(0), trackbacks(0), - -
『一人当たり生産性』について (商売のヒント vol.11)

 早いもので、もう7月になりました。6月は期待していなかったサッカー日本代表が、思いがけない活躍で日本中盛り上がりました。惜しくもベスト8には残れませんでしたが充分健闘したといっていいのではないでしょうか。それにしてもワールドカップの視聴率はすごかったと思います。6月25日のデンマーク戦は午前3時半からの試合でしたが40%を越える視聴率でした。私は、翌日のことを考え観なかったのですが、当日の会合で8人集まったうち観ていないのは私一人で、皆さんのエネルギーに唖然としました。なにか、日本人の性格がよく表れていたような気がします。景気も、今は皆、下を向いて歩いていますが、誰かが大活躍すると、一斉に渋谷の街に繰り出した若者やテレビを平日の深夜3時半から起きて観たように盛り上がるのかもしれません。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第11回目を始めましょう。

『一人当たり生産性』について

「一人当たり生産性」という言葉を御存知でしょうか。経営分析の言葉ですが、経営分析の用語、数値は数あれど、私自身が一番重要と思っているものです。難しそうな言葉に聞こえますが、中身は簡単、要は社員一人当たりいくら粗利を稼いでいるかという分析です。

粗利は、売上高から売上原価を引いたもので、商売をやっている方なら誰でも瞬時に儲かるか儲からないか判断し取引をしているでしょう。その粗利を何人で稼ぎ出しているかというのが「一人当たり生産性」です。厳密には、少し足したり引いたりするものがあるのですが、ほとんど粗利÷人数という計算でOKだと思います。

例えば、誰もが知っている日立製作所という会社があります。この日立グループの損益計算書で「一人当たり生産性」を計算してみましょう。日立グループというのは「この〜木、何の木、気になる木」の歌の時にテロップにでてくる会社全てを合計した数字です。

2010年3月期      日立製作所ホームページより

売上高・・・・8兆9685億円

売上原価・・・6兆8492億円

粗利益・・・・2兆1192億円

となっています。すごい数字ですね。この数字だけ見たら皆さんの会社がとても太刀打ちできないと思ってしまうのではないでしょうか。

さて、日立グループの従業員数ですが2010年3月末で359746人と発表されています。ですので粗利益2兆1192億円を359746人で割ってみると589万円となります。589万円というのは年間です。ということは一人当たり1ヶ月50万弱しか粗利を稼いでいない計算になります。いかがですか?皆様の会社も充分太刀打ちできるのではないでしょうか。

20年ほど前、日立製作所は磐石の経営基盤を持った会社といわれていたのがこれでは4期連続赤字というのもうなづける話です。

次にパナソニックも見てみましょう。天下の松下はどうなっているでしょうか?

2010年3月期      パナソニックホームページより連結ベース

売上高・・・・7兆4179億円

売上原価・・・5兆3410億円

粗利益・・・・2兆0769億円

となっています。

従業員数は384586人で、粗利益で割ってみると540万円となります。月当たり45万円となり中小企業でも下のクラスということになります。

ただし実際には、日立にしろパナソニックにしろ、売上原価の中に工場の従業員の給料が含まれているため厳密に計算すると倍近い一人当たり生産性があるかもしれませんが、それにしても一人当たり年間1千万円、月平均80万円程度のものでしょう。

それでは工場のない銀行はどうなっているのでしょうか。

2010年3月期      みずほフィナンシャルグループホームページより

粗利益・・・・1兆9966億円

従業員数・・・正社員57014人非正規社員20031人

              合計77045人

となっています。粗利益を人数で割ると2591万円となります。月平均216万円。さすが大企業という感じですね。このくらいの一人当たり生産性があって、初めて大企業の社員の給料が出るという数字だと思います。

さて、ではどうして、この「一人当たり生産性」が大切かというと2つの側面を持っています。一つは「効率」、もう一つは「成長性」という側面です。

上記の例でも粗利益は皆2兆円ほどでています。ところが同じ2兆円稼ぐために製造業の日立とパナソニックは36万人から38万人必要としています。ところが非製造業のみずほFGは非正規社員も含めて7万人で同じ利益を稼ぎ出しています。36万人必要とするということは、一人1坪程度の面積が最低限必要としても36万坪の面積の建物が必要になり、それなりの投資が必要となります。人に投資して、建物、設備に投資する、同じ1万円を稼ぐのに掛かるコストはかなりの額に上るはずです。

さて製造業の対極にある銀行ですが、こちらは金を貸して寝ていれば利益になるわけですから、豊富な資金量と貸倒にならない安全な融資先さえあれば損する訳がない業種ですので効率の極致にあるはずです。みずほFGは、業績の割りに株価が安く長期投資には狙い目と、私は勝手に思いますがいかがでしょうか。

中小企業は、大企業のように豊富な資金もなければ、優秀な人材がいるわけではないので、徹底して効率を追いかけるべきと私は思います。

次に「成長性」ですが、「一人当たり生産性」が年間500万円、月当たり42万円を下回るようであれば、赤信号が点灯していると考えていいと思います。

年間600万円、月当たり50万円で黄信号。年間800万円、月当たり66万円が青信号の最低ラインと私自身は判断します。月当たり42万円ということは、その42万円からその人の給料を出していくわけですから、例えば額面30万円の給料の人であれば、定期代や社会保険料の会社負担分も考えると2割増の36万円会社としてはコストが掛かると思って間違いないでしょう。そうすると42万円から36万円引いて6万円。6万円で家賃やいろいろな経費を賄うわけですから利益が出るはずがありません。ですので赤信号というわけです。年間600万円、月平均50万円でやっとトントンのレベルでしょう。これで利益を出すためには低コストの人件費に頼る以外ありません。ただ、それでは働いている人のモチベーションがあがるわけもなく、長続きはしないという理由で黄信号というわけです。ですので最低限この年間600万円、月平均50万円という数字だけは覚えておいてください。

それでは、目指す数字はいくらかということですが、日本は資本主義ですので、儲けすぎてはいけないということは絶対にないので無限大と言いたいのですが、あえて一つの目安とするならば、一人当たり年間1000万円、月平均83万円がクリアすべきラインと考えます。その上は年間1200万円、1500万円と続きますが、年間1500万円は素晴らしい数字だと思います。

通常、経営者同士でお互いの会社の値踏みをする場合、―抄醗規模売上高というのが相場ですが、この「一人当たり生産性」という視点から見ると上記の2点はまるっきり意味を成さないことがお分かりいただけたのではないでしょうか。私どもの会計事務所では「TKC経営指標」という全国22万4千社を超える中小企業の経営分析データがあります。担当者にお申し付けいただければ同業他社の「一人当たり生産性」がすぐわかります。是非とも、この「一人当たり生産性」という視点を大切に経営に当たっていただければと思います。

ちなみに、当事務所の前期の「一人当たり生産性」は青信号の最低ラインでした。

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:28
comments(0), trackbacks(0), - -
『人脈』について (商売のヒント vol.10)

 6月に入り気候も安定して清清しい日が続いています。6月の半ばになると、千葉の館山近辺に「ビワ」を買いに行きます。館山近辺の「ビワ」は、大粒で防虫のための袋に入ったまま売られていて「袋ビワ」と地元で言われています。この「袋ビワ」が、安くておいしいのでリピーターになってしまいました。地元の方の話によりますと、ビワ山で収穫し始めたら2週間で全て取ってしまうとのことで、タイミングがなかなか難しいのですが、615日前後の土日であれば、おおむね大丈夫だと思います。館山までは、ちょっと遠いですが充分に行く価値があると思います。

先月お伝えしたユニクロの4月業績ですが、3月の大幅マイナスに続き既存店ベースの売上では△12.4%ということで、やはり景気は回復傾向にあるといえるのではないでしょうか。大手銀行でも不動産投資関連の話が最近多くなったとの情報もあります。ようやく闇夜に日の出が近づいたようです。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第10回目を始めましょう。

『人脈』について

先月、読んだ本の中で、面白い本がありましたので御紹介いたします。

諏訪 功さんという方が書いた本で「仕事もお金も情報もみんな「人」からやってくる!」(こう書房)という本です。著者の諏訪さんという方は、フレンドリンク異業種交流会(http://www.friendlink.jp/)という年間参加者人数5000人超の日本最大級の異業種交流会ネットワークを立ち上げられた方です。

長くなりますが目次を御紹介していきますと


 

第1章  人脈が成功の9割を呼ぶ

 必要なものすべては「人脈」がもたらす

  人脈はできるものではなく作るもの

  人脈があればなんでもできる

  そもそも人脈とは何か?

  人脈を作って何がしたいのか?

  自分が成長すれば人脈はやってくる
  気がついたときには人脈長者

第2章  人脈ができる人には共通点があった

 出会った人を人脈に変える人と変えられない人

  もらうより与える人であれ

  どんなときでも謙虚な人であれ

  素敵な笑顔で会話ができる人であれ

  ポジティブシンキングな人であれ

  自分をとことん磨ける人であれ

  人脈の価値がわかる人であれ

第3章  人との出会い」がすべての始まり

 「ただの出会い」にするか「素晴らしい出会い」にするか

  人と出会える場所を探す

  誰に狙いを定めて話をしにいくか

  名刺交換で相手に強い印象を与える

  出会った相手のことを確実に覚える方法

  話をしたい・・・でもその前に聴く

  重要なのは「質問力」

  自分のPRは短く、でも的確に

  共通点の数だけ親しくなれる

  ボクシングも人脈も「離れ際」が大事

  「会っただけ」では意味がない

第4章  知っておきたい交流会での小技とタブー

 「人脈作りの場」であっても「なんでもありの場」ではない

  失敗しない交流会選び

  必要以上に警戒しない

  何人くらいの人と話すのが妥当なのか

  「会話の輪に入れない・・・」そんなときは

  一人に捕まって時間ロス!を避ける方法

  交流会をビラまきの場と考えない

  もらった名刺はDMリストではない

  奇抜なのもほどほどに・・・

  執拗な勧誘行為にあったら

第5章  新しい人脈をビジネスに昇華させる

 「出会い」→「人脈」→「ビジネス」へ

  出会いからビジネスへのステップを知る

  目的の人と出会えた、どうつなぐ?

  すぐにメリットがなくてももう一度会うべきか

  会う前に相手をリサーチしよう(上級編)

  2度目に会う場所をセレクトする

  自分の仕事につなげる会話術

  食事などの支払いはどうする?

  会ったあとに注意すべきこと

第6章  継続する本当の人脈へ

 「ザルのような人脈作り」では何の価値もない

  温故知新を忘れずに

  自分なりの人脈マップを作成してみる

  名刺の棚卸をする

  細く長く関係を維持する

  いまそばにいる人を味方にする

となっています。たぶん、目次だけで、おおよその内容は把握できたのではないか思います。

私は、昔からお客様の成功話、苦労話が好きで、いろいろな方にお話を伺ってきました。その中で、共通するキーワードは「人脈」なのです。「人脈が役に立った。」「○○さんのおかげ。」「○○さんに紹介してもらった。」等々、表現の違いこそあれ、突き詰めると「人脈」ということになると思います。この本のタイトル「仕事もお金も情報もみんな「人」からやってくる!」というのは真理だと思います。売れる商材の情報であったり、そのサービスや商品を求めている人の情報であったり、問題を解決したい人の情報であったり全て「人」がからみます。商売自体が人のニーズから発生しているわけですので、そのニーズがある人は自分なりの解決方法を模索します。今は、インターネットで随分楽にはなりましたが、大きな問題になるとネットの限界というものは当然あります。やはり「人」と「人」が会わなければ何も始まらないと思います。

そのとき「人脈」を作るうえで、不思議なことは「あまり行きたくない。」と思ったり、「帰ってしまいたい。」と思ったりした交流の場(異業種交流会に限らず)で、我慢していろいろな方とお話した場合のほうが「人脈」につながる可能性が、いろいろお話を伺った経営者の方や私の経験から多いようです。

先日も、ある経営者の団体のゴルフコンペに参加したのですが「あまり知った方がいらっしゃらないのでパーティーに参加しないで早く帰ろうかな。」と思ったのですが仕方なく参加していると、隣に座られた方がたまたま事務所の近くの方で、いろいろニーズをお持ちということもわかりました。「人脈」になるかどうかは別として、選択肢の一つというのはお互いに理解し会えたと思います。「どうしたら売上を伸ばせるのか」という直接的なアプローチはそれなりに必要とは思いますが、社長含めて社員全体の「人脈」を増やすという間接的アプローチの方が、もしかすると「急がば回れ」ではないですが王道かも知れません。                           

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:24
comments(0), trackbacks(0), - -
『7つの機会(チャンス)』について (商売のヒント vol.9)

 早いもので5月のゴールデンウィークも終わり、季節的に一番いい時期になりました。ここから梅雨時までの約1ヶ月が、私は一年で一番好きな季節です。朝も早くなり、日暮れも遅くなる。山には新緑が映え、生命が皆、動き出すように思えます。皆様はいかがですか。

景気のほうも、少し潮目が変わったような兆候が見受けられます。3月のユニクロの売上高は、対前年同月比マイナス16.4%となり2003年3月のマイナス19.3%以来となりました。また、家具のニトリも3月は、5年半ぶりに5%を超える5.4%マイナスとなっています。また、マクドナルドも3月は0.9%のマイナスとなり、デフレの勝ち組企業がそろってマイナスとなりました。4月以降も、これら勝ち組企業の不調が続くようであれば、流れが変わったと判断できるのではないでしょうか。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第9回目を始めましょう。

7つの機会(チャンス)』について

最近、ドラッガーが、はやりだしています。ドラッガーについては、皆様も御存知だと思いますが、ちょっと紹介だけしておきましょう。ピーター・F・ドラッガーは、1909年に生まれ2005年に亡くなっています。20世紀から21世紀にかけて経済界に最も影響力のあった経営思想家。東西冷戦の終結や知識社会の到来をいち早く知らせるとともに、「分権化」「目標管理」「民営化」など、マネジメントの主な概念と手法を生み発展させたマネジメントの父。と「イノベーションと企業家精神」(ダイヤモンド社)という本に紹介されています。その本の「イノベーション」という用語の定義は、広辞苑では「新機軸または革新の意。生産技術の革新に限らず、新商品の導入、新市場または新資源の開拓、新しい経営組織の実施などを含めた概念で、シュンペーターが景気の長期波動の起動力をなすものとして用いた。我が国では技術革新という狭い意味に用いる。となっています。簡単に言えば、「新商品、新事業」みたいなものです。ドラッガーは「新商品、新事業と企業家精神」という本を書いていると理解していただいて結構です。

その本の中で「新商品、新事業」の機会(チャンス)は7つあるとドラッガーは言っています。そのうち4つは企業や組織の内部にあり、残りの3つは企業や組織の外部にあると言っています。

まず、内部にある4つですが

1. 予期せぬことの生起

2. ギャップの存在

3. ニーズの存在

4. 産業構造の変化

次に外部にある3つは

5.人口構造の変化

6.認識の変化

7.新しい知識の出現

と言っています。

 一度に全部は御紹介できないので、今回は一番初めの「予期せぬことの生起」を御紹介しましょう。

 「予期せぬことの生起」とは、予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事などをいいます。日常業務における予期せぬ成功や予期せぬ失敗のような、不測のものについての、平凡で目立たない分析がもたらすもののほうが、失敗のリスクや不確実性ははるかに小さい。またそのほとんどは成否は別として、事業の開始から成果が生まれるまでのリードタイムがきわめて短い。

 と書かれていますが、どうもドラッガーの本は英文を和訳しているので言葉遣いが難しく感じられます。私たちの普段使い慣れている言葉にすると、「思いがけない成功、失敗、出来事など、普段目立たないものを分析するほうが失敗が少なく、成功するしないは別として成果が出るまでの時間が短い。」となるのでしょう。この後は、本の原文ではなく私が超訳?したものを御紹介します。

「思いがけない成功」を利用する

思いがけない成功ほど新商品、新事業のチャンスとなるものはない。これほどリスクが小さく苦労の少ないものはない。しかし、思いがけない成功はほとんど無視される。困ったことには、その存在すら否定される。

たとえば、会社などの月ごと、4半期ごとの報告書は、その最初に目標を達成できなかった分野や問題を列挙している。当然に経営会議や取締役会では、目標以上の成果を上げた分野ではなく、問題の起こった分野をとりあげることになる。

思いがけない成功は、探す仕組みを作らなければいけない。まずは、思いがけない成功が必ず目にとまったり、注意を引いたりする仕組みを作ることである。経営者が検討すべき情報として報告されるようにすることである。経営者は、その思いがけない成功のすべてについて次のような検討をしなければならない。

(1)  これをチャンスとして利用するのは、当社にとってどんな意味があるのか?

(2)  チャンスとして利用したら当社はどうなるのか。

(3)  チャンスとして利用するためにはどうしたらいいのか。

(4)  そのためには、どのように仕事の仕方を変えなければいけないか。

 思いがけない成功はチャンスである。そのチャンスは、正面から真剣に取り上げてくれることを願っている。間に合わせではなく優秀な人材が取り組んでくれることを願っている。経営者に対して、チャンスの大きさに見合った対応をしてくれることを願っている。

 ドラッガーは思いがけない成功について以上のように述べています。

私たちも、つい経営会議や営業会議で問題のあるお客様や担当者のことばかりに時間を割いているのが現実ではないでしょうか。

Aさんという担当者は、毎月予算が達成できていない。どうしてか?担当を替えようか?

AさんはAさんで、お客様のせいにしたり、商品のせいにしたりと結論のでない不毛な会議が繰り返されているのが現実の姿なのではないでしょうか。

Aさんが、たまたま予算を達成したなら、せいぜい「よく頑張った。」の一言で終わりになっていたことでしょう。Aさんが予算を達成するということは、「思いがけない成功」の要素がどこかにあるはずです。経営サイドがなすべきことは「よく頑張った。」の一言ではなく、Aさんの担当の、どのお客様が、どれだけ何を買ったのでAさんの予算が達成できたのかという分析にあるということです。Aさんに限らず、商品の売れ行きや、お客様の購買量の変化を分析すると「思いがけない成功」がどこかに隠れているかもしれません。見つけたら一番優秀な人材である経営者が取り組んでチャンスに見合った対応を取っていくことになると思います。この「思いがけない成功」というものは、ある意味盲点になっている可能性が大きいと思います。私の事務所でも冷静に考えてみると「思いがけない成功」は、大小問わず、今年になってからでも5件ほどあります。そのほとんどを「ラッキー!」とか「よく頑張った!」で片付けていました。5年ほど遡れば、それこそ多くの「思いがけない成功」に出会っていたことになります。その多くの「思いがけない成功」をイノベーションのチャンスととらえ真剣に検討してみようと思います。

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:21
comments(0), trackbacks(0), - -
『新規事業』について (商売のヒント vol.8)

 桜の花が開花してしばらく経ちますが、相変わらず肌寒い日が続いています。桜の花が咲く時期を間違ったのか、それとも私の記憶にある桜の花と気温の関係が間違っているのかよく分からないでいます。桜の花というと私は隅田川を思い出します。何時のことか記憶には定かではありませんが、浅草の隅田川に架かる吾妻橋の上から見た夜桜を忘れられません。隅田川の両岸から春の夜風に乗って、桜の花びらが花吹雪のように舞っていました。岸辺に灯る提灯の明かりに空中の花びらが照らし出され、川面には屋形船が右に左に行きかっていました。桜の花を見ながら、ちょっとおかしいとは思いましたが「桃源郷」のような光景だなあと、しばらくぼんやり眺めていたのを未だに憶えています。毎年、同じように、同じような時期に、おおむね同じ桜を眺めているのに綺麗に見える時もあれば、はかなく見える時もあります。美しく見える時もあれば、あまり感情がわかない時があります。また、人によっても感じ方は様々でしょう。人の目は外部の光を集めるだけの機能しかなく、実際に見ているのはその人の脳であり、心であるといわれています。つまり、受け取る側の心の持ちよう一つで見え方が180度違うということです。現在の不況も、見る人によっては大いなるチャンスに映っているはずですね。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第8回目を始めましょう。

『新規事業』について

経営者の皆様にとっては、この「新規事業」という言葉は、もしかすると一番聞きたくない言葉かもしれません。経営に責任のない人間やコンサルタントから、この言葉は耳にタコができるくらい聞かされているのではないでしょうか。「新規事業」というのは経営計画を作る場合でも、足りない売上をカバーしてくれる魔法の言葉でもあります。ただ、その魔法は数字を作る時だけで、実際の売上や利益には、ほとんど効果がない餅の絵を描く道具になっているだけの言葉かもしれません。今回は、あえて「新規事業」というものを考えてみましょう。

まず、何故「新規事業」が必要かというと永遠に続く商売はないということでしょう。私の子供の頃、大塚製薬といえば「オロナイン軟膏」というほとんどの皮膚の傷につける万能薬?が主力商品だったように思います。今では、大塚製薬というと「ポカリスエット」「オロナミンC」「カロリーメイト」といった商品名が、まず、思い起こされ「オロナイン軟膏」を知っている人のほうが少ないような気がします。一般消費者にとっては万能薬?メーカーから健康食品メーカーに代わってきているのではないでしょうか。私の会計事務所をはじめ皆様の会社も同じ商品、同じサービスが売れ続ける保証はどこにもなく、どちらかというと売れなくなる保証のほうが高いのは歴史が証明しているようです。すると、今の売れ筋商品やサービスに代わり、新しい何かを開発しなければならないということになります。そこで「新規事業」の必要性が叫ばれているのだと思います。

必要性はおおむね皆様、御理解されていると思いますが、具体的に何をどうしたらよいかというのが一番の悩みの種だと思います。昔から「本業から離れるバカ、本業にこだわるバカ」といいます。私は本業のノウハウを活かせるもので「新規事業」を考えるのが正解だと思います。商売というのは、ある意味お金のもらい方なのではないでしょうか。私のようにサービスをしてお金をもらい続けてきた人間に、物販でお金をもらうやり方はなじみません。その人その人のお金のもらい方には、今までの人生や人柄がにじみ出ているように思います。先の大塚製薬でも万能薬?から健康食品という流れは「本業から離れもせず、本業にこだわりもせず」ほどよい距離感を保っているように思えます。このような、本業とほどよい距離感の「新規事業」が見つかれば幸せですね。

「新規事業」について、このあたりまでは常識的に皆様御存知のことと思います。ですが、その開発スパン(期間)については、それほど語られていないように思います。大塚製薬の例をとりますと「オロナイン軟膏」が1953年発売、「オロナミンC」は1965年、「ポカリスエット」は1980年、「カロリーメイト」は1983年というように、その期間は10年、15年という期間で「新規事業」が立ちあがっています。「ポカリスエット」と「カロリーメイト」は3年ですが、その後2010年まで27年経過しています。平均するとやはり15年程度かかっているのではないでしょうか。当然、大企業ですから毎年、新製品を発表しているはずですが、柱になるものは大企業でも15年に一度くらいの確率のようです。

これに関連して、先日、韓国のサムスン電子の会長に復帰した李健熙(イ・ゴンヒ)会長は、その就任にあたり「今が本当の危機。グローバル一流企業が崩壊しつつある。サムスンもいつどうなるか分からない。今後10年以内に、サムスンを代表する事業と製品の大部分が消えるだろう。もう一度始めなければならない」と話されたという記事が日本経済新聞に載っていました。サムスンのような企業でも「新規事業」を10年スパンで考えているということになるでしょうか。

人・モノ・カネが潤沢にある大企業でも10年以上の期間を要する「新規事業」ですが、中小企業でも知恵とハートは負けているとは思いません。すぐ結果を出そうとあせらずに、まずスタートを切ることが大事でしょう。すると、あっという間に1年経ち、3年経ち、5年経ってしまいます。5年くらいで、やっと採算ベースに乗り始めてくるのではないかと思います。10年後、もう「新規事業」といえないようになっているはずですが、新しい柱に育っているのは間違いありません。

今回は、私の「新規事業」についての考えをまとめてみました。

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:18
comments(0), trackbacks(0), - -
『ユニクロと景気』について (商売のヒント vol.7)

 バンクーバーオリンピックも終わり、毎日少しずつ昼間の時間が長くなっている今日この頃ですが、いかがお過ごしですか? やはり、日の出の時間が少しずつ早くなったり、日没の時間が段々遅くなるというのは気分的にも明るくなるものですよね。あと3週間後くらいには桜の便りも聞かれるようになり春本番間近という感じですね。今回のオリンピックで注目は、なんと言って浅田真央選手とキム・ヨナ選手の対決でした。対決前、テレビでは浅田選手の子供の頃のインタビューを放送していました。「将来の夢は?」と聞かれて「オリンピックに出ることです。」と答えていた浅田選手。日本人の期待は「オリンピックに出ること。」ではなく「オリンピックで金メダルを取ること。」なのですが、子供の頃の夢は「オリンピックに出ること。」だったようです。現在は「金メダルを取ること。」になっているとは思いますが、キム・ヨナ選手との金と銀の差はここにあったのかもしれませんね。ちなみに、ゴルフの石川遼選手の子供の頃(今でも子供かもしれませんが)からの夢は「マスターズに優勝すること。」だそうです。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第7回目を始めましょう。

『ユニクロと景気』について

今、「日本で一番景気のいい会社は?」という質問をしたら多分かなりの人が「ユニクロ」と答えるのではないでしょうか。土日にはロードサイドのお店に入る車で渋滞になっています。私の自宅(さいたま市)の付近で土日、渋滞を起こすのは「角上(かくじょう)」という新潟の寺泊漁港直送がうたい文句の魚屋(実際に中で売っている魚は寺泊で取れるはずのない魚がほとんどですが・・)と、以前は回転寿司などの外食チェーンでしたが、最近は外食チェーンは一部を除いてほとんど渋滞にはなっていません。魚屋は相変わらず頑張っていますが、ここ2年ほどユニクロに渋滞が起きています。周りの景気が悪くなると儲かる会社は当事務所の顧問先様にもいらっしゃいますが、経済規模という観点ではユニクロに勝る会社はないのではないでしょうか。ただ、以前はユニクロより大きい会社(ダイエーなど)が存在していたのですが生き残っているのはユニクロだけなので、余計目立つのかもしれません。ユニクロは繊維の元祖価格破壊で「フリース」を売りまくり世に名をはせました。今回は「ヒートテック」という機能素材を武器に売りまくっています。

ところで、皆さんは「フリース」と「ヒートテック」が何時売れたか御存知ですか?「フリース」は1999年(平成11年)から火がつき2000年(平成12年)は「バカ売れ」という言葉が当てはまるくらい売れました。2000年には2600万枚というヒット商品ですので、国民の4人に一人が「ユニクロのフリース」を着ていた計算になります。実際にフリースを着れるのは若者から60歳前後まででしょうから二人に一人くらいの割合だったのかもしれません。ちなみに、私は生来の変わり者ですので着ないほうに回っていましたが、街中フリースだらけだったのは皆さんも御記憶されているところだと思います。また「ヒートテック」は、最近ですので簡単ですが、2007年(平成19年)に火がつき始め、品薄状態のまま翌シーズンを迎え2008年(平成20年)「バカ売れ」状態を演出しました。次は「UV(紫外線)カット」あたりが出てきそうな気が私はしていますがどうでしょうか?

さて、1999年から2000年にかけて日本の景気はどうだったでしょうか。1992年(平成4年)から2001年(平成13年)まで「失われた10年」という言葉でバブル崩壊以降の不景気を物語っています。1999年には東急日本橋店閉店、日産がルノーと提携、東邦生命破綻、地方銀行が相次ぐ破綻という年です。2000年は、4月に小渕首相が脳梗塞で倒れ森首相が誕生した年です。同年には、マラソンで盒蕎飴卅手が金メダルを取ったのが唯一明るい話題で、そごう有楽町店閉鎖や雪印の集団食中毒事件があり、まさに夜明け前の一番暗い時期のようです。翌年になると小泉政権が誕生し、2002年から2007年まで「いざなみ景気」という、余り実感のわかない景気が続いたことになっています。このような経済情勢下、ユニクロは2002年には在庫が急増し、業績が2002年から2003年にかけて3438億も売上がダウンしています。つまり、世の中の景気が上向いてきたら逆にユニクロの景気が下向く傾向にあります。

2008年は、皆さん御存知のリーマンショックが起き、「世界同時不況」が始まった年です。その時期も9月ですので、アパレルの秋冬物が店頭に並ぶのは10月頃でしょう。「世界同時不況」が始まり、すぐにユニクロの「ヒートテック」の快進撃が始まったのです。「ヒートテック」に始まり「1000円以下ジーンズ」と進んできているのが現況です。

ユニクロの景気との相関関係は、10年以上のスパンで2度発生しています。ある程度、仮説の領域を超え真実に近いものなのかもしれません。その真偽のほどはさておいて、少なくても国民のファッションに対する嗜好性がユニクロから離れていかない限り景気が上向くことはないのかもしれません。同様に、安い家具や牛丼からも離れる必要があるのかもしれませんね。

author:吉村 以知郎, category:2010年, 14:16
comments(0), trackbacks(0), - -