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『事業承継』について (商売のヒント vol.51)
  秋も日に日に深まってきています。11月になってから少し安定した秋らしい日が続いているような気がしています。都内では桜の葉が落ちてきていますが、まだイチョウの葉は緑から少し黄色がかっている程度です。イチョウの葉がすべて落ちる頃には本格的な冬の季節の到来になることでしょう。もうすぐ師走、あっという間の一年という感覚は年齢を重ねるごとにスピードが上がっているような気がします。
  私は以前お話しした「ふるさと納税」を実行しました。本来であれば来年6月以降に払うはずの住民税を半年程度前倒しで払うことにはなりますが、ふるさと納税のオマケにつられて納税しました。私が「ふるさと納税」をしたのは、鳥取県です。鳥取県に6万円以上「ふるさと納税」するとズワイガニ2匹が贈られてくるというので、ちょうど6万円「ふるさと納税」しました。11月の初めに納税して、まだ贈られては来ませんがいつ届くのかちょっと楽しみです。来月いっぱいは「ふるさと納税」が確定申告に間に合いますので皆様もいかがでしょうか?
毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第51回目を始めましょう。
 
 
『事業承継』について
 
 私は今、東京中小企業家同友会というところで事業承継プロジェクトというプロジェクトに参加させていただいて、中小企業の事業承継について、いろいろな会社を訪問させていただいたりして事例の研究や発表をさせていただいております。中小企業の事業承継は、十人十色、百人百様の様相で一つとして同じやり方で成功するというものではありません。ただ、その中でも普遍性のある事柄を探していけば少しでも中小企業のお役にたてるかもしれないということで、その一端をご紹介したいと思います。
事業承継については、本当にいろいろな要素が含まれていて、経営、法務、税務というところが複雑に絡み合っています。基本的なところでは、経営力の承継というところが私自身は一番大切と考えています。創業経営者の事業開発力や開拓力というものは簡単に誰でも承継できるというものではありませんし、経営環境も創業者の時代とはずいぶん変わってきているのも実情です。
そのような経営力というものは、どこか学校に行って教えてもらえるものではなく、常に実戦の中から身についていくものと私自身は考えていますが、創業経営者の方々とたくさんお目にかかっている中で「これは商売になる!」というような商材や事業構造を見つけた時のすさまじい「突破力」のようなものは、なかなか教えることもできないでしょうし、いつも感心させられることでもあります。常に商材開発、業態開発を会社内で最重要課題と位置付けて全員で取り組みをしている中からそのような力が養われていくと思いますが、創業経営者自身は誰からも教わったことがなく、当然のこととしてそのような発想になっているわけですので、創業経営者の「当然」と社員や二代目の「当然」は随分違うことと思います。
このようなことをはじめとして本当にいろいろな問題が立ちはだかっています。そのような中、問題点をある程度構造的に把握して質問事項を整理してみました。事業承継を成功といえるかどうかは別として、それなりにうまくいかれている会社を訪問するときに、創業経営者の方と承継者の方にお聞きする内容です。
 
「事業承継で聞きたいポイント」
 
【会社概要と役員構成】
・簡単な沿革、売上高、社員数、平均年齢、資本金等

・事業承継前後の役員構成
 
【事業承継のタイミングと後継者の選択】
・事業承継の時期

・準備期間
・後継者の選択ポイント
・後継者に事業承継すると伝えたシチュエーション
・後継者は指名されてどう考えたか?
 
【借入金、保証人問題】
・借入金額

・保証人は誰
・金融機関への説明は?
・今後、保証人はどうする?
 
【株式問題】
・株主構成は?

・配当は?
・今後、株はどうするか?
 
【他の選択肢の検討は?(事業譲渡やM&A)】
・事業譲渡、M&Aという選択肢は考えたか?

 
【会長・社長のビフォア、アフター】
・社長から会長になって一番変わったことは?

・社長になって一番変わったことは?
 
【今後の事業方針と成長戦略】
・今後の事業方針と成長戦略は?

 
【次期後継者は?】
・次期後継者を考えているか?
 
【引退後は?】
・引退後の人生設計で考えていることは?
 
 
 
このように、質問事項をある程度整理してお話しいただくようにしております。これらの内容の中から普遍性のある事柄を探して、どこの会社でもお役にたつ事柄を抽出していこうというわけです。
税理士という専門家の立場からすれば、一番大きくかかわってくるところが株式の問題となってきます。
この解決の一番の手法は、地味ですが株の連年贈与ということになります。現在、贈与税の基礎控除は年間110万円となっています。贈与税の税率は非常に高いのですが、課税価格200万円までは10%の税率が適用されます。ということは、110万円+200万円=310万円までは最低税率の10%で課税され、税額は(310万円−110万円)×10%となり20万円の贈与税となります。したがって10年繰り返せば3,100万円分の贈与を贈与税200万円でできることとなります。子供が2人いたら6,200万円の贈与が可能となり、相続税の節税効果もかなりのものとなります。ただ、一見非常に地味な取り組みなので、経営者の方からは軽く見られがちですが10年後は他の経営者の方からは「うまくやった」と言われることになると思います。
この連年贈与でキーポイントになるのが二つあります。一つは株価の問題です。毎年株価を算定して贈与税の計算の基礎にするわけですので会社が好調の時は高く、業績がイマイチの時は安くなります。あえて業績を低くするというのは本末転倒ですが、面倒くさがらずに株価の算定を毎年依頼されるのがよろしいかと思います。二つ目は贈与証書と取締役会議事録となります。株式会社の登記簿に株を譲渡する場合は取締役会の決議を要すると書かれている会社では取締役会の議事録が必要となります。基本的には取締役会を開催していただくことになりますが、議事録は同じ内容となりますので、日付と株数の欄だけ空白のものを一度作成すればあとは毎年そこに日付と株数を記入するだけとなります。贈与証書は民法の規定ともかかわってくるのですが、贈与というものは「ただであげるよ」と言っただけでは成立しません。相手方が「わかりました。もらいます」と言って初めて成立するものですので、その証拠を作っておかなければなりません。この贈与証書も非常に簡単な書式となっておりますので、一度日付と株数の空白のものを作成されると使いまわしができるものです。この二つのポイントさえ押さえて、連年贈与するというのが普遍性のうちの一つの要素と考えております。
最大のネックは借入金・保証人問題ですがこちらの普遍性といえるものは、残念ながらまだ見つかっておりません。ただ、すべての訪問させていただいた会社様には質問させていただいておりますので、そのうち普遍性らしきものが見えてまいりましたら、またご報告させていただきます。
 
end
 
 
author:吉村 以知郎, category:2013年, 14:00
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『函館の食材』について (商売のヒント vol.50)
  気持ちのいい秋になったと思ったら、今年は台風の当たり年みたいで次から次へとやってきます。東京近郊のキンモクセイの咲き頃も、ちょうど台風と重なって今年は少し残念な秋となってしまいました。それにしても今年の台風は元気がいいというか勢力が強い台風が多いように思います。台風28号は、日本には上陸しない経路をたどりそうですが10月24日現在の中心付近の気圧は905hPaとなっていて、最大瞬間風速は80だそうです。ちょっと想像もできないくらいの台風です。

また、伊豆大島では大規模な土砂災害に見舞われました。本当に自然の脅威の前に人間の無力さを感じます。私の祖父の家も函館から40ほど離れた小さな漁村なのですが、目の前が海で裏が山というか崖になっているロケーションで、その海と山との間のほんの20mくらいの間に集落が点在しているようなところでした。夏休みなど泊りがけでいくと「山が崩れてきたらひとたまりもないなぁ」といつも感じていましたが、幸いにもいまだに大規模な土砂災害は発生していません。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第50回目を始めましょう。

『函館の食材』について

 

 今回は、ちょっと変わったところで函館の食材についてご紹介してみたいと思います。

 

スルメイカ

 函館といえば、なんといっても一番はイカでしょう。函館で主に水揚げされるイカは、夏場はスルメイカ(マイカ)冬場はヤリイカです。どちらも食べておいしいのですが、スルメイカのほうが身が厚く代表的な食べ物といえるでしょう。スルメイカは北海道各地や東北でも獲れるのですが、函館のスルメイカはその中でも一番おいしいと評判です。夜にイカ釣り漁船がイカを釣ると、自動的にイカ釣り漁船の中央にあるイケスにイカが流れていきます。イケスで生きたまま魚市場まで持ってくるのですが、函館の港は街の真ん中にあって魚市場から朝市までの距離は1劼發△襪ないかの短さです。これが活きのいいイカを食べられる一番の理由かもしれません。最近は泳いでいる状態で朝市などでも売っていてその場ですぐ刺身にして食べさせてもらえるようですが、1匹あたり800円くらいで活きているイカを食べさせてもらえるようです。

 私の祖父は、前述のように函館から少し離れた漁村で漁師をしていましたが、夏場はすぐ目の前の海でイカがたくさん獲れたそうです。ただ、イカがどれだけたくさん獲れても、その当時函館まで輸送するのに3時間近くかかってしまい、すぐ鮮度が落ちてしまうので売り物にならない。仕方ないので干してスルメにしたそうです。函館では、小さいイカを徳利の形にしたイカ徳利というものが観光客向けに売られています。熱いお酒を入れて楽しむのもいいかもしれません。最近では、イカの釣り方も進歩してきて、夜に岸壁から簡単な仕掛けでスルメイカが釣れるようになりました。自分の釣ったイカを味わうのも格別のものがあるのではないでしょうか?

 食べ方も東京とはかなり違います。イカそうめんのように細長く刺身にするのですが、そこに大量の大根おろしと少しショウガをかけて醤油でいただきます。函館にいるときは、イカの食べ方はこうするものだと思っていましたが、どうやら地域限定の食べ方だったようです。大根おろしがないときは一味唐辛子で代用します。基本的にわさびは使いません。

 

イクラ

イクラも秋になると鮭がたくさん獲れるのでよく食べますが、函館だけでなく北海道全般的にイクラの醤油漬けという食べ方なのだろうと思います。東京で売っているようなきれいなイクラの色ではありませんが、一粒々々の卵の膜の弾力が全然違います。口の中ではじける感覚は

食べたことがある人しかわからないのかもしれません。函館は、私がいた頃は北洋漁業のサケマス船団の基地になっていて出港の日は一大イベントのように町中で盛り上がっていたのが懐かしく思われます。

 

タラコ

イカ、イクラと並んで東京との鮮度の違いを実感するのがタラコです。

北海道の函館近郊の噴火湾というところはスケソウダラの良く獲れる場所で冬場になると沖合でスケソウダラ漁が盛んに行われています。このスケソウダラの卵の塩漬けがタラコです。このタラコも鮮度のいいものは本当においしくて私は大好きなのですが、こちらに来てからはほとんど出会った試しがありません。いまでは明太子のほうが有名になってしまいましたので、これからも出会う機会はないのかもしれません。

さて、そのスケソウダラなのですが獲れるのは冬場で、すごい量が水揚げされるので、その魚を冬場、噴火湾の漁師町では町中に干しておきます。そうすると硬く干しあがった棒タラというものができます。これを食べるときには、トンカチで、たたいて身を柔らかくしてむしって食べるのです。程よい塩味がたまらないのですが最近ではなかなか見かけなくなりました。

 

ウニ

NHKの朝ドラの「あまちゃん」でも獲っていましたがウニもたくさんいます。「あまちゃん」で獲っていたウニはムラサキウニというウニですが私の祖父の地元では「ノナ」といっていました。北海道ではもう一種類のウニがいてエゾバフンウニというウニがあります。こちらは「ガンゼ」といって、とてもオレンジ色がきれいでおいしいウニです。この「ガンゼ」をもぐって獲ってくると皆から喜ばれるのですが、「ノナ」の方はイマイチ喜ばれません。「ノナ」は「あまちゃん」でもあったようによく見える場所に張り付いています。ですので、獲る方は簡単なのですが、「ガンゼ」の方は海底の海藻の中に隠れているため、見つけるのも獲るのも大変なウニです。値段もだいぶ違うため滅多に市場などではお目にかかれません。もし、生の「ガンゼ」にお目にかかったら是非食べてみてください。

 

コンブ

ちょっと食材とは違うかもしれませんが、隠れた特産品が昆布です。関東の人には昆布というと日高昆布の方が有名かもしれませんが、本当の一級品は南茅部町(みなみかやべちょう)で獲れる真昆布が最高品質の昆布です。私の祖父の家は南茅部町木直(みなみかやべちょうきなおし)というところで、その真昆布の本場です。昆布自体の幅がA4の用紙の縦にしたくらいの幅があり厚みも5ミリくらいある昆布です。長さも4mくらいはあるものです。ほとんどが関西の市場に流れていくそうなので東京ではなじみが薄いと思います。天然ものは、昆布を獲ってくると二、三日そのまま吊るして干しておきます。その後、きれいな砂利を引いた作業場で天気の良い日を選んで昆布をきれいに並べて干していきます。夕方には倉庫にしまい、また天気の良い日を選んできれいに並べます。こういうたいへんな作業を経て最高品質の昆布が出来上がるわけですが、最近では老齢化や人口減少でボイラーで乾かしたりしているところもあるみたいです。私の祖父の家から2、3厠イ譴燭箸海蹐鉾札部(おさつべ)という集落があり、そこの白口浜(しろぐちはま)で獲れる昆布が特に最高品質で皇室に献上されるほどの昆布です。

 

いつか、皆様と函館ツアーを企画して、ぜひご賞味いただければと思います。

end

author:吉村 以知郎, category:2013年, 16:39
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『人を動かす』について (商売のヒント vol.49)

やっと暑さも峠を越したみたいで、日陰にいると心地よい風が感じられます。本当に昔の人には感心しますが「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、今年は特に当てはまるように思いますがいかがでしょうか?9月の中頃から11月の中頃にかけて東京では本当にいい季節になります。一日々々、味わいながら大切に過ごしたいと思ってはみても、過ぎてみるとあっという間という繰返しでここまで来ているように思います。そんな小さな感傷にひたることができるのも秋ならではですね。

さて、2020年東京オリンピックが本決まりになりました。私が5歳の時に東京オリンピックが開催され、おぼろげながら記憶に残っています。

ですので、私より年齢が上の方はより鮮明に記憶されていて、実際に見に行かれた方のお話を伺ったりもします。私より年下の方は、多分記憶にもないでしょうから今回が初めての夏のオリンピックになるのでしょう。待ち遠しいことがあると月日が長く感じるものです。これからは少し季節を味わうことができるようになるのかもしれませんね。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第49回目を始めましょう。

 

『人を動かす』について

前回、前々回とディール・カーネギーの「人を動かす」という本の第1章の“人を動かす3原則”をご紹介してきました。私自身が一番「目からウロコ」状態です。3原則の第1は人間というものは基本的に「自分のしていることが正しい」と思って行動していること。その「正しい行動」をしている人間を動かすためには伝え方の工夫がいること。第2は「重要感を持たせること」そのためには「心からほめてあげること」が秘訣というお話でした。いよいよ最後の第3原則は「人の立場に身を置く」という部分をご紹介していきます。

 

 この章の最初には次のように書かれています。(P50)

 

 夏になると、わたしはメーン州へ魚釣りにゆく。ところで、わたしはイチゴミルクが大好物だが、魚は、どういうわけかミミズが好物だ。だから魚釣りをする場合、自分の好物のことは考えず、魚の好物のことを考える。イチゴミルクをえさに使わず、ミミズを針につけて魚の前に差し出し、「ひとつ、いかが」とやる。人を釣る場合にも、この常識を利用していいわけだ。

−中略−

 自分の好物を問題にする必要がどこにあるだろう?そんなことを問題にするのは、子供じみた、ばかばかしい話だ。もちろん、われわれは、自分の好きなものに興味を持つ。生涯持ちつづけるだろう。しかし、自分以外には、だれも、そんなものに興味を持ってはくれない。だれも彼も、われわれ同様、自分のことでいっぱいなのだ。

 だから、人を動かす唯一の方法は、その人の好むものを問題にし、それを手に入れる方法を教えてやることだ。これを忘れては、人を動かすことはおぼつかない。たとえば、自分のむすこにたばこを吸わせたくないと思えば、説教はいけない。自分の希望を述べることもいけない。たばこを吸うものは野球選手になりたくてもなれず、百メートル競走に勝ちたくても勝てないということを説明してやるのだ。

−中略−

 米国の心理学者オーヴァストリート教授の名著『人間の行為を支配する力』につぎのようなことばがある。

「人間の行動は、心のなかの欲求から生まれる・・・だから、人を動かす最善の法は、まず、相手の心のなかに強い欲求を起こさせることである。商売においても、家庭、学校においても、あるいは政治においても、人を動かそうとするものは、このことをよく覚えておく必要がある。これをやれる人は、万人の支持を得ることに成功し、やれない人は、ひとりの支持者を得ることにも失敗する」

 

 このように書かれています。

確かに私自身、釣りが好きで9月の最初の3連休も墓参りのついでに函館で釣りをしてきました。その時は岸壁からアイナメやソイを釣るためにゴカイをエサにしていました。私はゴカイを食べようなどとは一切思いませんが、海の魚にとっては御馳走のようで数は少ないですが釣れることはつれました。また、夜はスルメイカ釣りをしたのですが、スルメイカの好きそうなエサを、結構一生懸命に考えて仕掛けを作りいろいろ試しながら釣りをしていました。釣りたい魚になると一生懸命、釣り場とか仕掛けとかエサとかを雑誌で情報を仕入れたり、現地の釣り師の人に聞いたり、釣り具屋で教えてもらったりと努力します。ところが対人間となると、そこまで果たしてやっているかというと???というような感じです。

 

さて、P63には次のように書かれています。

 

きょうもまた数千のセールスマンが、十分な収入も得られず、失望し疲れはてて街を歩いている。なぜだろう―――彼らは常に自分の欲するものしか考えないからだ。われわれは、別に何も買いたいとは思っていない。それが彼らにはわかっていないのだ。われわれはほしいものがあれば、自分で出かけて行って買う。われわれは、自分の問題を解決することには、いつでも関心を持っている。だから、その問題を解決するのに、セールスマンの売ろうとしているものが役立つことが証明されさえすれば、こちらから進んで買う。売りつける必要はないのである。客というものは自分で買いたいのであって、売りつけられるのはいやなのだ。

それにもかかわらず、セールスマンの大多数は、客の立場で売ろうとしない。よい例がある。わたしはニューヨーク郊外のフォレスト・ヒルズに住んでいるのだが、ある日、停車場へ急ぐ途中、ロング・アイランドで多年不動産仲介業をやっている男に出あった。その男はフォレスト・ヒルズのことをよく知っていたので、わたしの住んでいる家は建築材料に何を使ってあるのか、たずねてみた。彼は知らないと答え、庭園協会に電話で問い合わせてみろという。それくらいのことなら、とっくに承知している。ところが、その翌日、彼から一通の手紙が届いた。きのうたずねたことがわかったのだろうか―――電話をかければ一分とかからない問題だ。手紙を開いてみると、そうでない。きのうと同じく、電話で聞いてみろとくりかえし、そのあとで、保険に加入してくれとたのんでいる。

この男は、わたしの助けになるようなことには興味がない。彼自身の助けになることのみに興味を持っているのだ。

本書から、“常に相手の立場に身を置き、相手の立場から物ごとを考える”という、たったひとつのことを学びとっていただければ、成功への第一歩が、すでに踏み出されたことになる。

他人の立場に身を置き、その心のなかに欲求を起こさせるということは、相手をうまくあやつってこちらの利益にはなるが先方には損になることをやらせることでは決してない。双方が利益を得なければうそである。

 

そして最後にこのように書かれています。

 

何かすばらしいアイデアが浮かんだ場合、そのアイデアを相手に思いつかせるようにしむけ、それを自由に料理させてみてはどうか。相手はそれを自分のものと思いこみ、二皿分も平らげるだろう。

「まず相手の心のなかに強い欲求を起こさせること。これをやれる人は、万人の支持を得ることに成功し、やれない人は、ひとりの支持者を得ることにも失敗する」。

 

 私自身が、このディール・カーネギーの本を皆様にご紹介しながら一番勉強になったように思います。

 

end

 


author:吉村 以知郎, category:2013年, 13:07
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『人を動かす』について◆ 幣η笋離劵鵐函vol.48)

毎日、暑い日々が続いております。今年は記録的な夏の暑さのようですが、毎年々々いろいろな面で記録が更新されているように思います。スポーツの記録なら結構ですが、気象面の記録は勘弁してもらいたいものですね。そのような暑いなかでも季節の変わり目の兆候が少しずつ見え始めているように思います。夕暮れの時刻も7時には暗くなっていますし、空の雲も夏の雲というより秋の高い雲が多くなっているのがわかります。埼玉の南のほうではすでに稲刈りの時期のようです。東京の真ん中の事務所の窓にも赤とんぼが飛んでいます。そのような季節の移ろいを感じて一瞬もの思いにふけるのも人生の貴重な時間のひとつなのかもしれません。

そうは言っても、暑いものは暑いので「暑気払い」でもやって暑さを吹き飛ばしたくなります。あまり「暑気払い」の効き目がありすぎると台風連続上陸記録みたいなことになってしまうかもしれませんので、ほどほどに効く「暑気払い」は季節を待つしかないのかもしれませんね。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第48回目を始めましょう。

 

『人を動かす』について

前回はディール・カーネギーの「人を動かす」という本の第1章の“人を動かす3原則”から‥霓佑砲盡淙の理を認めるの部分をご紹介しました。人間というものは基本的に「自分のしていることが正しい」と思って行動していること。その「正しい行動」をしている人間を動かすためには伝え方の工夫がいること。この二つが重要というお話でした。今回は続いて“人を動かす3原則”の⊇斗彜兇鮖たせるという部分をご紹介していきたいと思います。

 

 この章の最初には次のように書かれています。(P33)

 

 人を動かす秘訣は、この世に、ただひとつしかない。この事実に気づいている人は、はなはだ少ないように思われる。しかし、人を動かす秘訣は、まちがいなく、ひとつしかないのである。すなわち、みずから動きたくなる気持を起こさせること--------これが秘訣だ。

 かさねていうが、これ以外に秘訣はない。

 

 このように書かれています。つまり相手がみずから動きたくなる気持ちを起こさせることが秘訣だといっています。最初から秘訣を明かされてしまいましたが、具体的にどのようにすると「相手がみずから動きたくなる気持ちを起こさせること」ができるというのでしょうか。

 

P33の終わりには次のように書かれています。

 

人を動かすには、相手のほしがっているものを与えるのが、唯一の方法である。

人は何をほしがっているか?

 

このように書かれています。ということは「人を動かす秘訣は、相手のほしがっているものを与えて、相手がみずから動きたくなる気持を起こさせること」ということになります。換言すると、相手の鼻先にニンジンをぶら下げて動きたい気持を起こさせるという随分単純なことのように思えますが、人間は馬ではないですし食欲だけで動くものでもないように思います。それでは、この本の中でディール・カーネギーが伝えたかった「相手のほしがっているもの」つまり「ニンジン」とは何なのでしょうか。

P34にそのことが載っています。

 

人間は、何をほしがるか?-----たとえほしいものがあまりないような人にも、あくまでも手に入れないと承知できないほどほしいものが、いくつかはあるはずだ。普通の人間なら、まず、つぎにあげるようなものをほしがるだろう。

1.健康と長寿

2.食物

3.睡眠

4.金銭および金銭によって買えるもの

5.来世の生命

6.性欲の満足

7.子孫の繁栄

8.自己の重要感

 このような欲求は、たいていは満たすことができるものだが、ひとつだけ例外がある。この欲求は、食物や睡眠の欲求同様になかなか根強く、しかもめったに満たされることがないものなのだ。つまり8番目の“自己の重要感”がそれで、フロイトのいう“偉くなりたいという願望”

であり、デューイの“重要人物たらんとする欲求”である。

中略

 すぐれた心理学者ウィリアム・ジェームズは、「人間の持つ性情のうちでもっとも強いものは、他人に認められることを渇望する気持である」という。ここでジェームズが、希望とか要望とか待望とかいう、なまぬるいことばを使わず、あえて「渇望する」といっていることに注意されたい。

 これこそ人間の心をたえずゆさぶっている焼けつくような渇きである。他人のこのような心の渇きを正しく満たしてやれる人はきわめてまれだが、それができる人にしてはじめて他人の心を自己の手中におさめることができるのである。葬儀屋といえども、そういう人が死ねば心から悲しむだろう。

 自己の重要感に対する欲求は、人間を動物から区別している主たる人間の特性である。

 

 このように書かれています。つまり「ニンジン」の正体は「自己の重要感に対する欲求」と説明しています。「人を動かす秘訣は、相手のほしがっているものつまり「自己の重要感に対する欲求」を与えて、相手がみずから動きたくなる気持を起こさせること」となります。

 ただ、私自身でも食欲とか睡眠などの生理的欲求や金銭的欲求などは「欲求」として分別して理解できていますが5.来世の生命とか7.子孫の繁栄という欲求はあまりピンときません。まして自己の重要感となると???となってしまいます。そこでカーネギーは次のような話を紹介しています。(P41)

 

 週給50ドルが、かなりの高給とされていた時代に、年俸百万ドル以上の給料をとった数少ない実業家のひとりに、チャールズ・シュワップがいる。シュワップは、1921年にU・S・スチール社が設立されたとき、アンドルー・カーネギーが社長にむかえた人物である。シュワップはまだ三十八歳の若さだった。

 アンドルー・カーネギーが、このシュワップという男に、どういうわけで百万ドル、すなわち一日に三千ドル以上もの給料を支払ったか?シュワップが天才だからだろうか?ちがう。製鉄の最高権威者だからだろうか?とんでもない、シュワップにいわせると、彼の使っている大勢の部下のほうが、鉄のことなら、彼よりもはるかによく知っているそうだ。

 シュワップがこれだけの給料をもらうおもな理由は、彼が人を扱う名人だからだと自分でいっている。どうあつかうのかとたずねてみると、つぎのような秘訣を教えてくれた。これは、まさに金言である。このことばを活用すれば、われわれの人生は、大きく変貌するだろう。

「わたしには、人の熱意を呼びおこす能力がある。これが、わたしにとっては何ものにもかえがたい宝だと思う。他人の長所を伸ばすには、ほめることと、励ますことが何よりの方法だ。上役から叱られることほど、向上心を害するものはない。わたしは決して人を非難しない。人を働かせるには奨励が必要だと信じている。だから、人をほめることは大好きだが、けなすことは大きらいだ。気に入ったことがあれば、心から賛成し、惜しみなく賛辞を与える」

 これが、シュワップのやり方である。ところが、一般の人はどうか?まるで反対だ。気に入らなければめちゃくちゃにやっつけるが、気に入れば何もいわない。

「わたしは、これまでに、世界各国の大勢の立派な人々とつき合ってきたが、どんなに地位の高い人でも、小言をいわれて働くときよりも、ほめられて働くときのほうが、仕事に熱がこもり、出来ぐあいもよくなる。その例外には、まだ一度も出あったことがない」

とシュワップは断言する。

 実は、これが、アンドルー・カーネギーの大成功の鍵なのだと、シュワップはいっている。カーネギー自身も、他人を、公私いずれの場合にも、ほめたたえたのである。

 

 いかがでしょうか。やっとニンジンの正体がわかってきました。ニンジンの正体は「人をほめることと、励ますこと」だったのですね。そうすると「人を動かす秘訣は、相手のほしがっているものつまり「人をほめることと、励ますこと」を与えて、相手がみずから動きたくなる気持を起こさせること」つまり「人をほめたり、励ましたりすることが、相手がみずから動きたくなる気持を起こさせる秘訣だ」ということになります。また44Pには次のようにも書かれています。

 

 われわれは、子供や友人や使用人の肉体には栄養を与えるが、彼らの自己評価には、めったに栄養を与えない。牛肉やじゃがいもを与えて体力をつけてはやるが、やさしいほめことばを与えることは忘れている。やさしいほめことばは、夜明けの星のかなでる音楽のように、いつまでも記憶に残り、心の糧になるものだ。

 

 まさにニンジンは「心の糧」だったのですね。ほめことばと励ますことばは、人の心の糧つまり栄養になるということなのでしょう。たしかに食料は与えても心の糧は与えていないことがほとんどです。『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』という聖書の一句が思い起こされます。

 また、ほめことばとお世辞の違いについても書かれています。(P46)

 

 お世辞と感嘆のことばとは、どうちがうか?答えは、簡単である。後者は真実であり、前者は真実でない。後者は心から出るが、前者は口から出る。後者は没我的で、前者は利己的である。後者はだれからも喜ばれ、前者はだれからも嫌われる。

 

そして最後に

 

シュワップのように、“心から賛成し、惜しみなく賛辞を与え”よう。相手は、それを、心の奥深くしまいこんで、終生忘れないだろう。与えた本人が忘れても、受けた相手は、いつまでも忘れないでいつくしむだろう。

 

みなさま、いかがだったでしょうか?私には、ほとんどできていないことでした。ただ、過去を振り返ってみると「そういうことだったのか」と思い当たるフシもあります。原価0円の誰でもできる秘訣試してみる価値はありそうです。

 

 
author:吉村 以知郎, category:2013年, 10:46
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『人を動かす』について (商売のヒント vol.47)

7月になった途端、梅雨が明けて猛暑になりました。体がまだ慣れていないせいもあって、連日熱中症の患者数がニュースとなっていました。その後は暑さも幾分落ち着いたようですが、夏本来の暑さはこれからがピークとなりますので、皆様ご自愛くださいますようお願いいたします。

夏といえば、私が北海道から上京した昭和53年(1978年)はカラ梅雨で、6月の終わり頃からマンションの工事現場で窓ガラスに付いたペンキなどをクリーニングするアルバイトをやっていたのですが、クーラーなどは当然なく今まで経験したことのない毎日の暑さに言葉も出ないような日々でした。東京の暑さで学んだのは、北海道ではハンカチは手を拭くためのものなのですが、東京では汗を拭く用途でも使うものということでした。ただ人間の体は慣れるようにできているみたいで、友人たちは私のことを暑さに強いとよく言われます。自分ではそのようには思っていないのですが、他人が見ている自分と、自分が思っている自分とどちらが本当の自分なのか難しい問題です。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第47回目を始めましょう。


『人を動かす』について

ディール・カーネギーの「人を動かす」という本があります。息の長いベストセラーなので皆様も読んでいらっしゃる方は多いと思います。

 私も20年くらい前に読んでいるはずなのですが、もう一度読んでみようと思い事務所や家を探しましたが見つからなかったため、本屋で改めて購入しました。読んでみると、若い頃の私と現在の私の感受性が異なっているのか、経験がそうさせているのかわかりませんが感じ方が随分と違いました。若い頃は「そんなものかなぁ」という部分が結構あったと思いますが、いまは「なるほど。そうだったのか」という妙に納得する部分が多々ありました。ですので、一度にはすべてご紹介できませんが、何回かに分けてご紹介していきたいと思います。

 あらためて申し添えますが、私自身は基本的に「人を動かす」ことができているとは、全然思っていません。逆に「人を動かす」ことが超下手人間と思っているのでこの本を読んでいる始末です。少しでも参考にして「少し人を動かす」程度のことができればと思っています。

 

今回は第1章の“人を動かす3原則”から‥霓佑砲盡淙の理を認めるの部分をご紹介していきたいと思います。

第1章の“人を動かす3原則”には

‥霓佑砲盡淙の理を認める

⊇斗彜兇鮖たせる

人の立場に身を置く

ということが書かれています。

第1章の第1に「盗人にも五分の理を認める」がどう「人を動かす」につながるか不思議な気もしますが、そこでは自分自身のことを考えると当たり前のことが他人相手ではそう見えないというとても深い人間心理が語られています。

 

具体的には、殺人犯で死刑になったクローレーという人物のことが書かれています。警察官を射殺してニューヨークで派手な銃撃戦の末、電気椅子で死刑になる直前、彼が語った言葉は「こうなるのも自業自得だ。大勢の人を殺したのだから」というものではなく「自分の身を守っただけのことで、こんな目にあわされるんだ」と言ったそうです。

13Pでは、

こういう考え方をする犯罪者は、決してめずらしくない。

「おれは働き盛りの大半を、世のため人のためにつくしてきた。ところが、どうだ−おれの得たものは、冷たい世間の非難と、お尋ねものの烙印だけだ」となげいたのは、かつて全米をふるえあがらせた暗黒街の王者アル・カポネである。カポネほどの極悪人でも自分では、悪人だと思っていなかった。それどころか、自分は慈善家だとおおまじめで考えていた。世間は、彼の善行を誤解しているのだというのである。

中略

 この問題について、わたしは、シンシン刑務所長から興味のある話を聞かされた。およそ受刑者で自分自身のことを悪人だと考えているものは、ほとんどいないそうだ。自分は一般の善良な市民と少しも変わらないと思っており、あくまでも自分の行為を正しいと信じている。なぜ金庫破りをしなければならなかったか、あるいは、ピストルの引金を引かねばならなかったか、そのわけを実にうまく説明する。犯罪者は、たいてい、自分の悪事にもっともらしい理屈をつけて正当化し、刑務所に入れられているのは不当だと思い込んでいるものなのである。

 右にあげた極悪人たちでさえも、自分が正しいと思い込んでいるとすれば、彼らほどの悪人でない一般の人間は、自分のことを、いったいどう思っているのだろうか。

中略

 わたしは、残念ながら、四十歳近くになってやっと、人間はたとえ自分がどんなにまちがっていても決して自分が悪いとは思いたがらないものだ、ということがわかりかけてきた。

 他人のあら探しは、なんの役にも立たない。相手は、すぐさま防御態勢をしいて、なんとか自分を正当化しようとするだろう。それに、自尊心を傷つけられた相手は、結局、反抗心をおこすことになり、まことに危険である。

 世界的に有名な心理学者B・F・スキナーは、動物の訓練では、善いことをしたときに褒美をやった場合と、まちがったときに罰をあたえた場合とをくらべると、前の場合のほうがはるかによく物ごとを覚え、訓練の効果があがることを実証した。また、その後の研究から、同じことが人間にも当てはまることが明らかにされている。批判するだけでは永続的な効果は期待できず、むしろ相手の怒りを買うのがおちである。

 いまひとり、偉大な心理学者ハンス・セリエはこういう。

「われわれは他人からの賞賛を強く望んでいる。そして、それと同じ強さで他人からの非難を恐れる」

 批判が呼びおこす怒りは、従業員や家族・友人の意欲をそぐだけで、批判の対象とした状態は少しも改善されない。

 

この部分を読んだときに、お恥ずかしい話、私自身まさに青天の霹靂、目からウロコ状態でした。自分自身に置き換えてみると、自分のしていることに対して「間違っている」と思っていることは多少あるにしても「まぁいいか」とか「しょうがない」と思いながら正当化している自分がそこにいます。でもそのように思うことは「自分のしていることは基本的に正しい」と思っている場合に比べるとはるかに少ないといえます。

つまり、自分自身でさえ行動が「基本的に正しい」と思っているとするならば、他人も私同様「基本的に正しい」と思って行動していることになります。

経営者の方とお話をしているとよく「社員に対して言いたい事の半分も言えていない」ですとか「1割ぐらいしか言えていないよ」というお話を聞きますし私自身も同様に感じています。

ただ、この本を読む前は「なんでこんなことがわからないのだろう」とか「どうして気づかないのだろう」という感覚を持ちながら、言いたい事の半分も言えていない状態だったのですが、相手の立場に立ってよく考えてみると相手も「基本的に正しい」と思って行動しているわけですから、正面からダメだししても「どうして正しいと思うことをやっているのに、そんなことを言われなければならないのだろう」となってしまうということになります。毎日、自分自身だけが正しいと思って行動していると思い込んでいた自分が情けなくもあり、恥ずかしくもあります。

さて、おおよそほとんどの人間が「自分は正しい」と思っていながら毎日行動していることに気が付くまでは気が付いたとして、それでは具体的にどうしたらよいかということになります。

15Pにこのような話が載っています。

 

オクラホマ州エニッド市のジョージ・ジョンストンは、ある工場の安全管理責任者で、現場の作業員にヘルメット着用の規則を徹底させることにした。ヘルメットをかぶっていない作業員を見つけしだい、規則違反を厳しくとがめる。すると、相手は不服げにヘルメットをかぶるが、目を離すと、すぐ脱いでしまう。

そこでジョンストンは、別の方法を考えた。

「ヘルメットというやつは、あんまりかぶりごこちの良いもんじゃないよ、ねぇ。おまけにサイズが合っていなかったりすると、たまらんよ。きみのは、サイズ、合っているかね」

 まず、こう切り出して、そのあと、多少かぶりごこちが悪くても、それで大きな危険が防げるのだから、ヘルメットは必ずかぶろうと話すのである。これで相手は怒ったり恨んだりすることもなく、規則はよく守られるようになった。

 その後、リンカーンの話とかいろいろのお話が書いてあるのですが結論はP32にあります。

 人を非難するかわりに、相手を理解するように努めようではないか。どういうわけで、相手がそんなことをしでかすに至ったか、よく考えてみようではないか。そのほうがよほど得策でもあり、また、おもしろくもある。そうすれば、同情、寛容、好意も、おのずと生まれてくる。

 すべてを知れば、すべてを許すことになる。

 

 さて、具体的な応用方法は試行錯誤してみなければわかりませんが、相手を理解する、つまりどういう考え方に基づいて行動したのかを考えてみるということは、決して無駄な努力ではないような気がいたします。

 

end
 
author:吉村 以知郎, category:2013年, 11:20
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『名古屋めし』について (商売のヒント vol.46)

梅雨入りは例年よりも早かったのですが、梅雨になってからまともに雨の降った日が5.6日程度のような気がします。ただ湿度は梅雨らしく高い日が多くなっているように思いますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?そういえば、昔は気象庁が「梅雨入り宣言」という発表をやっていたのですが、ここしばらくは「梅雨入りしたとみられる」的な発表が続いていました。今年かどうかはわかりませんが「梅雨入り宣言」的な発表方法にまた変わっていました。やはり、「〜かもしれない」という言葉づかいよりも「〜しました」という言葉づかいの方が聞く側にとっては説得力に随分と差があるのではないでしょうか?話す方もやはり言い切るほうが責任感というかプロ意識みたいなものを背負って発表するわけですから、それなりの真剣さが伝わってきます。どちらの言い方でも結果は同じかもしれませんが、受け取る方にしてみると雲泥の差があります。できるなら国民全員で「景気が良くなった!」と毎朝叫ぶことにしたらアベノミクスより効果が断然高いかもしれません。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第46回目を始めましょう。


『名古屋めし』について

今年も6月14日15日と、事務所の旅行に行ってまいりました。今年は、最近テレビなどで取り上げられる機会が多い名古屋のグルメツアーです。名古屋というと私も何回となく通り過ぎた経験はあるのですが降りて観光した経験はありません。たぶん一生に一度かもしれないと思い名古屋に行ってまいりました。友人などに話すとみんな「どうして名古屋?」と言われ、挙句の果てには名古屋出身の友人まで「どうして?」と言う始末です。それでも、行けば行ったで何かしら参考になると思いとりあえず行ってきました。名古屋というと有名なのが、ひつまぶし、味噌煮込みうどん、喫茶店のモーニング、味噌カツ、新しいところであんかけスパゲティなどが思いつきましたので、名古屋の事情通の友人の情報などを参考に食べ歩いてきましたのでご紹介いたします。

 

味噌煮込みうどん=山本屋本店

結構有名なのでみなさん食べたことがある方も多いと思います。新幹線を降りるとすぐにエスカという地下商店街があります。八重洲地下街の6分の1程度の大きさですが飲食店の有名どころもそろっているようなので便利なこともあり、そこに入っている山本屋本店という味噌煮込みうどん店に入りました。事情通によるとオススメが2店あって山本屋総本店と山本屋本店だそうです。その中でも事情通は山本屋本店がお好みだと言うので山本屋本店に入りました。実は名古屋に行く1週間ほど前に八重洲地下街で本場の味噌煮込みうどんを食べさせてくれるお店があると言うので下見を兼ねて行ってみたのですが、うどんがとても固く茹でられていて噛みきれないくらいでした。それを我慢して食べた後の汁にサービスのご飯を入れて雑炊風にすると、こちらは絶品の雑炊になりました。ただ、事務所のOさんは「辛すぎて食べれない」と半分程度でギブアップしていました。その経験をもとに名古屋の山本屋本店に乗り込んだわけですが、味噌煮込みうどんを注文すると大きな皿に玉ねぎのスライス、きゅうりと白菜の浅漬けが「おまけ」で出てきました。お代わり自由という事みたいで、好きな人にはお得感が感じられるのではないでしょうか?その後出てきた味噌煮込みうどんは、やはり固いのですが八重洲地下街よりも食べやすく、出汁も効いていてOさんも「おいしいです」と言って完食していました。Oさんの辛さの境界線がイマイチ理解できないのですが、本人なりに境界線はあるのでしょう。味噌煮込みうどん自体は、名古屋の茶色い味噌出汁に油揚げ、鶏肉、ねぎが入ったシンプルなものですが、やはりまた食べたくなる味付けのような気がします。関東でも麺の硬さを工夫したらポピュラーになると思います。

 

喫茶店=コメダ珈琲店

最近、東京郊外でも目にするようになりましたが、おひざ元の名古屋ではいたる所にありました。味噌煮込みうどんを食べた後、コーヒーでも飲もうとエスカ地下街にあるコメダ珈琲店に行ったところ、順番待ちで、どちらかというと喫茶店というよりファミリーレストランといった感じのお店です。「シロノワール」というデザートが美味しそうだったのですが、味噌煮込みうどんを食べた直後なので3人で「ミニシロノワール」を一つ注文し、取り皿をもらって取り分けて食べました。デニッシュ生地の丸いパンの上にソフトクリームが乗っていて、それにハチミツみたいなシロップをかけて食べるデザートです。何よりもそのパンがとても美味しかったのが印象的です。

 

ひつまぶし=いば昇

さて、名古屋港水族館を見学した後、ホテルにチェックインし1時間ほど休憩したらメインのひつまぶしです。ひつまぶしは、事情通でも意見が分かれるところで「いば昇(しょう)」と「蓬莱軒」という2つの有名店があるそうです。今回は私の友人の二人の事情通のうち、奥さんが名古屋出身で、よく名古屋に行かれて食べ歩きをしている事情通の意見を取り入れ「いば昇」に決めました。「蓬莱軒」の方も夏休みなどになると2時間待ちの行列ができるお店のようですので、甲乙つけがたいのかもしれません。ひつまぶしはご承知だと思いますが、1度で3回美味しいというのがウリになっています。一度目はそのままうな重で食べて、2度目はわさび、ネギなどの薬味をつけて、3度目はお茶づけにして味わうというものです。私はうなぎは大好きなのですが、西の方でうなぎを食べたことはありません。名古屋を関西というと怒られるかもしれませんが、東京のように蒸してから焼いていないので、あのふっくらとした感じが出ていないように思いました。関西の人はあのカリカリ感がいいというかもしれませんが、食べなれた食べ方の方がなじみやすいという感じが私にはしました。でも十分美味しかったです。

 

名古屋コーチン=鳥開

ひつまぶしの後は、名古屋城や名古屋のテレビ塔、オアシス21という建物を見学し、居酒屋で名古屋コーチンを食べることになっていましたので鳥開(とりかい)という手羽先の有名店を事務所の中口君が発見したようなので、そこで手羽先を頼みました。ひつまぶしを食べた後でなければ、それなりに感動する味だったのではないかと思いますが、実際この頃になると味わうというより詰め込むという感じになってしまい、単に食べただけという印象しかありません。何でも新橋にお店をオープンしたらしいので再チャレンジしてみようとは思っています。その時には、親子丼も美味しいらしいので一緒にいただきたいと思います。

 

バー=名古屋ルーセントタワー40F

名古屋コーチンの後、当初はホテルに帰る予定でしたがOさんに「どこか行きたいところはないの?」と聞くと「私、バーに行きたいです」と答えたので急遽夜景の見えるバーを調べると、名古屋駅近くにルーセントタワーという40階建てのビルがありその40Fにバーがあるということなので行ってみました。窓際の席はカップルでいっぱいでしたのでちょっと窓から遠い席でしたが、結構雰囲気のいいバーでした。

ちょっとオススメのお店です。

ところで、ルーセントタワーの地下にも味噌煮込みうどんの山本屋本店が入っていました。そこには「味噌煮込みうどん780円から」と書いてあります。昼に私達が食べたエスカ地下街の山本屋本店では1280円だったので、皆様はルーセントタワーに行かれた方がいいかと思います。東京では100円200円違う場合もありますが、500円も違うというのはさすがに名古屋商法と変に納得してしまいました。

 

喫茶店のモーニング=小倉サンド

翌日の朝食は、ホテルではなく喫茶店のモーニングと決めていましたので、ホテル近くの喫茶店でモーニングサービスプラス小倉サンドを食べました。モーニングサービスもサンドイッチにおにぎり味噌汁コーヒーと盛りだくさんなのですが、名古屋名物小倉サンドを別注文しました。

小倉サンドとは、6枚切りの食パンを2枚合わせて、どら焼きみたいに小倉あんを中にはさみトーストしたものを4分の1にカットした代物です。その小倉あんの厚さが食パン2枚と同じくらい詰まっています。

名古屋の人は甘いものがよほど好きだと思います。東京ではコンビニで売っていてもあまり買う人はいないかもしれません。

 

桑名の焼き蛤=丁字屋

2日目は、レンタカーを借りたのでちょっと足を延ばし桑名の焼き蛤を食べに行きました。私の年代だと桑名=焼き蛤ということになっているのですが、若い二人は全く知りませんでした。ちょっとジェネレーションギャップを感じながらも桑名で丁字屋という料亭らしきお店に入りました。「昼はま御膳」という蛤づくしの料理を注文すると、蛤の雑炊、焼き蛤、蛤の茶わん蒸し、地産野菜の煮物、お新香というセットで、これが今回の旅行の最高の食事でした。蛤は関東ではあまり縁がないので余計美味しく感じたのかもしれませんが、とにかく最高の一言です。

是非、桑名で焼き蛤をご堪能ください。

 

その他

その他は中部国際空港を見学してあんかけスパゲティ、熱田神宮を見学し、菊井カツ本店というところでエビフライ、お土産に天むすと一通り後悔しないよう食べれるだけ食べて、名古屋めしを食べつくした2日間でした。ただ、大阪のように「また行きたいか?」と聞かれると「・・・」

と答えてしまいそうな名古屋でした。


author:吉村 以知郎, category:2013年, 11:13
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『おカネの話』について (商売のヒント vol.45)

やっと気候のよい季節になりました。日の出も朝4時半過ぎになりましたし、日没も夕方6時半過ぎになっています。いまから梅雨時までのほんの2、3週間ですが東京でいちばんいい季節なのではないでしょうか?以前、私が「初めての営業」ということで、セミナーの営業に行ってきたということをお話ししましたが、いよいよそのセミナーが7月8日(月)に開催されることになりました。「いま、社長が打つべき『2つの手』」というセミナーですが、ありがたいことに、まだかなり先の日程なのですが相手先の方がわざわざホームページで「今月のオススメ」

としてご紹介いただいております。

https://www.bob-net.jp/general/index.html

定員30名のところ、すでに10名の方の申込みがあったそうです。私のたどたどしい営業にお相手いただき、さらに「今月のオススメ」というご推薦までいただき本当にありがたいことと感謝しております。こんな私でも営業できたのですから、皆様も是非応用してみてください。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第45回目を始めましょう。

『おカネの話』について

日本経営合理化協会は経営コンサルタント&経営者の牟田學さんの会社ですが、一度本を買うと毎月ずっといろいろな案内を送ってくれるところです。その案内の中に、西田文郎(にしだふみお)さんという方のセミナーと本の案内がありました。日本経営合理化協会の本は一冊一万円以上する本なのですが、字が大きくて読みやすく、実際に参考になることが多い価値のある本を出版しています。いつもはすぐに購入するのですが、今回は一度アマゾンという古本のサイトを探してみようという気になりました。探してみると、西田さんはいろいろ出版されているようで、合計千円ほどで3冊購入しました。その中の一冊に面白いことが凝縮されていましたので、今回ご紹介いたします。その本は「面白いほど成功するツキの大原則」(現代書林)という2001年に書かれた本です。

この本の中で西田さんは

ツキとは何か−「出会い」である。

運とは何か−ツキの持続である。

という西田さん流のツキと運の定義を前書きで書かれています。

その真偽はともかくとして、確かにツイている、ツイていないということは地球上に人類が一人しかいない場合、ツイているということと、ツイていないということは比較の仕様がありませんから、ツキ自体も存在しないということになってしまうのかもしれません。

あくまでも、他人と比較してのツキ、運ということがいえるのだと思います。また、一人ではツキも運もないということは、ツキと運は他人との「出会い」で、他人が持ってくるものということも一面の真理なのかもしれません。そのような、ツキや運をどうすると自分のものにできるかということを、西田さんはこの本の中で解説しているわけですが、今回のお話のメインテーマは「おカネ」の部分ですので、また別の機会にお話ししたいと思います。

さて、その本の100Pに「金に感謝する幸運の呪文」という文章があります。あるベンチャー企業の経営者のお話です。

C氏がベンチャー企業を立ち上げたのは20年前だった。薄汚れたマンションの1室に事務所があり、その壁に1枚の山の絵が飾ってあった。「いつもその絵を見ながら、頂上を極める自分をイメージしていた」とC氏はいう。

峻厳な山である。しかし、人を拒むように切り立った山の頂は、そこだけ美しい夕日を受けて輝いていた。

そのイメージ通りにC氏は頂点を極める。業界のトップ企業に昇りつめ、今やいくつもの会社を傘下に置く、企業グループの総帥である。

この人が、20年前から現在まで、必ず実行していることがある。サイフからお札を出すとき、「ありがとう」と声をかけるのだ。そして、「仲間を連れて、戻っておいで」と付け加えるのである。

「もしこの20年で、多少のお金が貯まったとしたら、この呪文のおかげだ」

C氏は、本気でそういう。

 

その後103Pで

さて、お金に感謝する呪文を教えてくれたあと、C氏はこんなことをいった。

「一万円札や五千円札の裏表に、どんな絵が描いてあるか知っていますか。知らないという人がびっくりするほど多い。好きな女性の髪形や服装なら、私たちは知らず知らず目がいく。自然と観察する。デザインにも気づかないなんて、お札が嫌いなのでしょうか」

 

結構、興味深い話だと思いませんか。私自身、子供のころから今まで50年近く、お金をもらう時には「ありがとうございます」という言葉は数えきれないくらい言っていますが、自分の財布から出すときは「ありがとう」と言った記憶はありません。せいぜい「もったいないかなぁ」位は思っていますが、お札に「ありがとう」という言葉をかけてあげる習慣はありません。ましてや「仲間をつれて、戻っておいで」までちょっと考えも及びませんでした。

ところが、冷静に考えてみるとお札の入手経路はともかく、そのお札が財布の中にあるからいろいろな物やサービスと交換できるわけで、1杯のコーヒーを飲むのでもお札や貨幣が財布の中に入っていなければ、現実に飲めない訳でそのコーヒーを飲めるのは、お札のお蔭ということになります。そう考えてみると、かなりお札のお世話になっていることに気が付きました。

さらにC氏の場合は、お金のデザインも知らない人が多いということでしたが、恥ずかしながら私もよく知りませんでした。

調べてみると、一万円札は表が福沢諭吉、裏が宇治平等院の鳳凰像だそうです。大きさは縦7.cm横16僂任后8淦蕷濟イ鷲修樋口一葉、裏は菖蒲かあやめかと思ったら尾形光琳のカキツバタ図だそうです。大きさは縦7.cm横15.6僂任后千円札は、表は野口英世、裏はある写真家が撮った本栖湖から見た富士山の写真をもとに、下の部分に桜を加えてデザインしたものだそうです。大きさは縦7.cm横15僂任后

確かに、いろいろ調べてみると私でもそれなりに愛着が出てくるのが不思議です。みなさまはいかがでしょうか?

さて、西田さんはお金に関するツキについていろいろ教えてくれているのですが、その根本はまずお金を好きになることだと書いています。

その好きになるなり方も、ちょっと変わっています。

ここからは、紙面の都合上、私が理解したことをお伝えしたいと思いますが、詳しくお知りになりたい方はご一読されるのがよろしいでしょう。

まず、西田さんは「人間とは脳に記憶された記憶データである」と言っています。これが正しいかどうかは疑問のあるところですが、ここで突っかかっていると前に進まないので、とりあえずそういうことにしておきましょう。そして脳の中には扁桃核(へんとうかく)という組織が両目の奥あたりにあって、そこで好き嫌いの判断をしているそうです。

たとえば、食べ物などの好き嫌いもこの扁桃核が判断するようです。ところが、その好き嫌いは簡単に書き換えられるものだと言っています。昔、嫌いだった食べ物が今は好きというのも私自身、結構あります。このように好き嫌いは簡単に書き換えられるそうです。

そこで、お金にツキがあるようになりたいと思えば、まずお金を素晴らしいものだと思ってもらわないといけないと言っています。ただ、問題なのは表面上お金を素晴らしいものだと思っても、潜在意識のなかでお金を汚いものだと思っていると、無意識のうちに脳が「嫌い」と判断してしまうというのです。したがって潜在意識レベルまですっかりお金は素晴らしいと思い込ませる必要があるそうです。そのためには「お金は素晴らしい。夢の実現を助けてくれる」「金儲けは簡単で面白い」と思い込むことが重要だと説明しています。そして97Pから面白いことを書いていますのでご紹介します。

真の成功者は必ず、「世の中はお金ではない」と考えている。圧倒的大多数の人が、成功者と同じように、「世の中はお金ではない」と思っている。にもかかわらず、その結果がまるで違うのはなぜか。表面の意識は同じでも、その潜在意識が全く違うからだ。

「世の中はお金ではない」という考え方は、その潜在意識を探ると、だいたい4つのパターンに分けることができる。

  「悪いことをしなければ、大きな金は稼げない」

これは、大金を稼いだことがなく、攻撃的なタイプの人たちである。大金を稼いだことがないので、大金は稼げないものだと脳に条件づけられている。稼げない自分を正当化するために、「金持ちになるのは悪い人間だ」と無意識のうちに考えている。しかし儲けたくて仕方ないというのが本心だから、儲けられない現状に強い不平不満を抱いている。

  「私にはお金より、もっと価値のあるものがある」

これは大金を稼いだことがなく、調和的なタイプの人たちといえる。

大金は稼げないと脳に条件づけされ、金持ちになれないとあきらめている。「もっと価値のあるもの」とは、そういう自分を正当化するためのすり替えだ。趣味の世界にのめり込むとか浮気に夢中になって“死に金”を使うのがこのタイプである。もともと価値観のすり替えから始まっているから、趣味の方も大成しない。

  「お金より、もっと大切なものがあるはずだ」

このタイプは、お金を稼いだ経験はあるが、バーンアウトして今はすっかりあきらめているという人たちである。

人は自分の失敗やバーンアウトを自分に納得させるためにも、価値観のすり替えを行う。貧乏には耐えられるけど、価値のない自分という思いには耐えられない。ボランティアや地域活動に参加しても、もしそれが代償行為であれば、心からウキウキすることはできない。

  「お金より大切な価値を実現するには、お金が必要だ」

これは大金を稼いだことがあり、今も稼ぎ続けている人たちだ。

同じように「世の中はお金ではない」と考えていても、脳の条件付けがまるで違う。この人たちにとって、お金は手段になる。社会の中で夢を実現し、理想を現実化するために、お金という素晴らしい手段があることをこの人たちは体験的に知っている。

お金があり、しかもお金以上の価値を知る人間は魅力がある。

 

ということで、潜在意識から変える必要があると西田さんは言っています。

潜在意識を変えるのは、結構大変かもしれませんが、事実、昔嫌いな食べ物が今は好きになっているということは潜在意識をみなさんも変えてきた実績があるわけですから、絶対無理というのでもなさそうです。

そこまでいかなくても、お札を財布から出すときに「ありがとう。仲間を連れて、戻っておいで」という呪文だけでもやってみたらいかがでしょうか。私自身は、呪文を唱え始めてから3週間ほどですが結構効果はありそうです。

 

この本を約10年前に手に入れて古本屋に売ってしまった日本のどこかにいる人が、今どうなっているかとても知りたい今日この頃です。


author:吉村 以知郎, category:2013年, 09:44
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ふるさと納税について (商売のヒント vol.44)
   寒暖の差の激しい4月となりました。東北では満開の桜に雪が積もっていたり、半袖でも暑いくらいの日があったり、猛烈な北風や南風が吹いたり、本当に春の天気は不安定ですね。419日に仕事で仙台に行ってきたのですが、仙台は今が桜の満開の季節で、すっかり桜のことは過去のことのように思っていたので一瞬タイムスリップしたような感覚になりました。弘前の桜も今年はゴールデンウィーク後半が見ごろのようです。弘前の桜は、たぶん小学校の修学旅行で一度見ているのですが、友達と遊ぶ方が忙しかったらしくあまり印象に残っていません。長野の高遠の桜と弘前の桜は見てみたいと思っているのですが、さてどうなりますか。そういえば、私の出身地の北海道の函館にも五稜郭公園という桜の有名な場所があります。ちょうどゴールデンウィークの後半に咲きだし、次の週当たりが見ごろになります。函館の花見は、お弁当を持っていく人よりも桜の下でジンギスカンをやっている人がとても多く、においと煙に内地の人はとても違和感を感じるのではないでしょうか。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第44回目を始めましょう。

『ふるさと納税』について

今回は、ふるさと納税についてお話ししたいと思います。最近、当事務所で慰労会をしていた時に職員の中口君が「ふるさと納税で米がもらえるんですよ」と話したので、ちょっと調べてみようと思いお伝えいたします。

「ふるさと納税」という言葉は、実施された2008年4月頃は結構耳にしましたが5年もたった最近ではあまり耳にする機会が少なくなってきているのではないでしょうか?

その頃は、確か田中康夫長野県知事が、実際の生活の拠点の市町村ではなく、勝手に好きな町に住民票を移してそこに住民税を納めるという住民税の課税理念、つまり道路や公共施設を実際に使用しているのでその応能負担分を税金という形で納めるという本来の姿を無視した勝手な行動が問題になっていた時だったと思います。いくつになっても「何となくクリスタル」ならぬ「何となく納税」みたいな思考しかできない人間のように思います。

さて、そんなこんなで、とりあえずスタートした「ふるさと納税」制度ですが、仕組みがイマイチ理解されていないのも現状ではないでしょうか?

実際に納税ということになると課税権の問題や、未納・徴収といった様々な問題が生じてきます。また、無制限に認めてしまうと前記のような応能負担の理念が根底から崩れてしまいます。そこで、制度として考え出されたのが「ふるさと納税」ならぬ「ふるさと寄付」という制度です。一般的には「ふるさと納税」という言葉で浸透していますが、税金の制度上では「ふるさと納税」という言葉はなく、所得税であれば「寄付金控除」、住民税であれば「寄付金税額控除」という制度となっています。所得税の「寄付金控除」は、一定の寄付先に対して寄付をした金額から2,000円を引いた金額が、所得税の税率をかける前の金額から控除されます。例えば、10万円寄付をしたときには10万円から2,000円を引いた98,000円が所得から引かれます。所得税の税率が20%の方なら98,000円×20%=19,600円所得税が安くなるというものです。

住民税の方は、ちょっと面倒なのですが「ふるさと納税」に該当する寄付の場合は、まず所得税と同様に寄付金額から2,000円引いた後の金額に10%(道府県民税4%・市町村民税6%)をかけます。前記の例ですと98,000円×10%=9,800円となりますが、これにプラスで90%−所得税の税率を引いた税率をかけた金額(ただし、住民税の1割が限度)が住民税から控除されます。例えば先程の例ですと9,800円プラス(100,000円−2,000円)×(90%−20%)=98,000円×70%=68,600円となり9,800円+68,600円=78,400円となります。所得税が19,600円安くなって住民税が78,400円安くなりますので合計98,000円安くなるという理論上の計算方式です。実際には住民税でプラスされる金額が住民税の1割を超える場合が想定されるため、2,000円を引いた金額が全額控除というのは制限があります。おおよその目途ですが所得税の税率が10%(給与年収が500万円程度)の方なら35,000円、20%(給与年収が700〜900万円程度)の方なら65,000円、23%(給与年収が1000万円程度)の方なら100,000円程度が目安となるようです。ただ、扶養の人数や社会保険料などいろいろ計算要素は違いますので、ご自分の限度額がお知りになりたい方は当事務所までご連絡ください。

さて、おおよその計算方法や限度額が分かったところで本題の「ふるさと納税」ですが、例えば私の故郷の北海道函館市では、平成20年度から報告がされています。平成20年度90件517万円、平成21年度54件474万円、平成22年度47件330万円、平成23年度54件484万円となっています。単純平均すると一人当たり7〜8万円も寄付していることになります。函館市に寄付をすると「函館人証明書」なるものが送られてくるそうですが、それほど価値のあるようなものには思えませんので故郷が好きな人が続けているのかもしれません。

インターネットのサイトで「ふるさと納税特産品」と検索すると、いろいろ出てきます。それらのサイトを見てみると兵庫県淡路市の「ふるさと納税」は、1万円以上の寄付で米10圓箋軻500gや玉ねぎ10圓覆稗隠敬別椶ら1品選んで届けてくれる特典がついているようです。宅配料も相手持ちで結構お得感があります。また、兵庫県の加美町というところでは、5,000円以上の寄付でズワイガニ(メス)や魚の干物、米などを選ぶことが出来ます。北海道庁では、3万円以上の寄付で豪華な毛ガニ・イクラ醤油漬け・鮭切り身セットなどもあります。そのほか米から肉、魚、果物、酒、スイーツなど、いろいろな特産品のプレミアムがついている自治体があります。年度によって変わっていることもありますので事前に自治体のホームページでご確認されるようお願いします。

この「ふるさと納税」の仕組みは、都道府県と市町村で4対6の割合で配分されることになっています。例えば、私が函館市に1万円寄付すると北海道が4千円、函館市が6千円もらうこととなります。そのように考えると1万円寄付しても6千円しか函館市に入らず、かつ5千円相当の特産品を贈ると実際には千円しか函館市に入らないことになってしまいます。それでも、特産品を贈る効果は知名度UPなのかもしれません。兵庫県加美町などは、今回のことがなければ永久に知らないでしょうし、永久に行くこともないと思います。もし、海産物目当てに1万円寄付をしたなら、近くに行ったときは必ず寄ることになると思います。そのような効果まで狙っての特産品かどうかはわかりませんが、計算上は1万円の寄付で5千円相当の特産品がもらえて、8,000円税金が安くなるわけですから、差引3,000円の儲けとなるわけです。

そんな「ふるさと納税」の是非はともかくとして、休日にでも特産品探しをされてみてはいかがでしょうか。私も今年はカニでも、貰ってみようかと思います。

 

end


author:吉村 以知郎, category:2013年, 10:16
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『はじめての営業』について (商売のヒント vol.43)
 

桜の開花宣言が3月16日に気象庁から発表され、春が駆け足どころか猛スピードで来ているのを実感しております。春が早く来ると景気も上向くという景気アナリストもいるようで、悪い話は巳年になってからとんと聞こえなくなったように思います。実際に増税になるかどうかわかりませんが消費税が8%になるまであと1年半です。その間、つかの間の景気を実感したいものですがいかがでしょうか?桜の開花というと、中学校の修学旅行を思い出します。日程は定かではありませんが4月の中旬頃だったと思います。北海道から連絡船と夜行列車を乗り継いで東京に来ました。1974年のことだと思いますが、上野公園の桜は完全に散っていて、何という桜の早い所なのだろうという印象が強烈に残っています。この年は3月23日に開花したらしく東京でも少し早い年だったようですが、ゴールデンウィークの最後頃に花見をする函館からすると結構カルチャーショックでした。パンダや東京国立博物館でモナリザの実物を見て純粋に感動していた頃が懐かしく思えます。

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第43回目を始めましょう。

『はじめての営業』について

昨年、経済産業省が金融円滑化法の平成25年3月末日での期限切れに対応するため、主に税理士と中小金融機関を対象に経営革新等支援機関に認定し、中小企業の経営革新に取り組むお手伝いをするという制度ができました。私自身はすぐに認定を取りましたが、同様に信用金庫を中心とする中小金融機関も認定を取っていました。私は、コンサルタント仲間と青藍会というコンサルタント連合を作っていて、東京中小企業家同友会というところで“社長・営業マンの『売上・増客』集中講座”というものを月1回、計5回コースで、年2回開催しています。私はその中で『使命感づくり』を担当し最初の1回目の約40分程度お話しさせていただいております。東京中小企業家同友会というのは東京の経営者が会員の組織なので経営者に受け入れられないと講座もすぐ終了となってしまうのですが、約2年間継続して評価をいただいております。

そこで、私は青藍会の仲間に「この“社長・営業マンの『売上・増客』集中講座”を信用金庫を中心とする中小金融機関に提案したらどうか」と投げかけました。理由は、‥豕中小企業家同友会で受け入れられている実績のある講座であること。中小の金融機関では、カネを貸すノウハウはあっても経営革新するノウハウは持っていないという仮説。B召寮罵士で経営革新等支援機関になっている者は数字上だけの事業計画は作れるが、その数字の基となる販売、売上をアップさせるノウハウがないこと。い△訖用金庫の理事長の講演を聞いてみると、信用金庫の中にも積極的に取引先の経営革新に取り組もうとする信用金庫があるということが分かったこと。でした。そのような訳で仲間からも賛成されて提案することになったのですが、「さて誰が提案に行く?」となると言い出しっぺの私が行くことになってしまいました。この講座で販売を教えている大御所のコンサルタントの先生の話は、10年以上にわたり何度も聞いて理解しているつもりですが、実際にモノを売るという営業は私自身ほとんどしたことがありません。仕方がないので大御所の先生の教えどおり「30秒の必殺アプローチトーク」というものを作って臨むことにしました。これは、営業の流れの中で一番難しいと言われるアプローチの場面で、相手の関心を一瞬のうちに引き付ける技術として大御所の先生が提唱されているものです。事例は五輪書『BANメソッド』という本の62Pに紹介されているものです。

【新規開拓訪問/必殺のアプローチトーク】

実は当社は△△の方面(業界)で「××・・・××(必殺、寸鉄の言葉!)」という商品を開発(発売)or××・・・××の問題をとうとう解決、or営業所を開設)いたしました。(ここで相手の関心度“ピクッ”を計る!)そこでこちらの地域(業界)のご担当者様の方々にまず知って頂きたくて、ご挨拶回りをさせて頂いております。よろしくお願いします

というのが必殺のアプローチトークです。この中で「寸鉄の言葉」というのは、顧客が思わず“ピクッ”と反応する「我社と商品の魅力」を表現する言葉のことです。顧客からニヤリとされるようなテクニックではなく、皆で考え抜いた真剣さが伝わるような言葉です。

さて、この必殺の30秒トークを基に、私自身がある金融機関にアプローチするときの必殺30秒トークを考えました。

はじめまして。(相手の目をしっかりと見て、きちんと頭を下げる。それから名刺を渡す)
私、日本橋で会計事務所をやっております税理士の吉村と申します。

よろしくお願いいたします。
(ここでも頭を下げる)

私ども青藍会は、東京中小企業家同友会において『販売塾』を開催し、中小企業の販売力強化をとことん応援させていただいて、参加された経営者の皆様方から大変なご評価を頂いております。(ここで相手の関心度ピクッ!をはかる)

そこで、経営革新等支援機関の金融機関の皆様方にもお知り頂きたく、ご挨拶まわりをさせて頂いております。
よろしくお願いします。

 

という必殺の30秒トークを作り、大御所の先生に見てもらいました。

すると

どこまでもチャレンジ精神で挑む類まれな税理士さんに敬意を表して添削…。

「真面目で、素朴で、一生懸命!」なのは伝わりますが、
かなり唐突感が感じられます(笑)。

そこで、まず30秒で引き付けてから、落ち着いて更に引き付けるという
2段構えアプローチトーク(別添え)を覚えていただくと、
これから「鬼に金棒の税理士」になられると思います。

 

というわけで添削していただいたアプローチトークがこれです。

(“人格の発露”を忘れずに・・・)

 

はじめまして。

(相手の目をしっかりと見て、きちんと頭を下げる。それから名刺を渡す)
私、日本橋で会計事務所をやっております税理士の吉村と申します。
よろしくお願いいたします。(ここでも頭を下げる)

私は「経営革新等支援機関」の一員でもあるのですが(と、金融マンの関心を一気に引き付ける)、(そして自分とTさんの方を指しながら)一緒に『青藍会』というコンサルタント組織を運営しております。

 

(こちらが『青藍会』のご案内でございます、とパンフを手渡す・・・「販売力強化」が相手の目に入る)

 

このたび私どもが実施しております「中小企業の販売力を必ず強くする手法」(これが本命のピクッ!)が金融機関様のお役に立てればと思い、ご挨拶に上がりました。

 

ここまで30秒! 相手の関心度ピクッ!をはかりながら、そのまま続ける・・・

具体的には、私ども青藍会は、東京中小企業家同友会において「社長・営業マンの売上・増客集中講座」(通称『販売塾』と言っておりますが…と、ここでも販売塾パンフを手渡してリアルに引き付ける)を開催し、中小企業の販売力強化をとことん応援させて頂いております。おかげさまで参加された経営者の皆様から次々と成果が出ております。


そんなわけで、経営革新等支援機関の金融機関の皆様方にもぜひお知り頂きたく、ご挨拶まわりをさせて頂いております。よろしくお願いします。(ここでも頭を下げる)

 

(その後の話の中で、講座前の「実戦コンサルティング」のやり方・成果などをPR)

 

※なお、アプローチトークがうまく言えない場合は、お客様にお断りして「私は税理士でご挨拶がうまくできませんので、読まさせていただきます」とこのページを印刷して読む。

(あとはTさんがすべてフォローしてくださる筈…)

 

というご指導を頂き、一生懸命暗記をして1月31日に、ある金融機関に仲間のT先生と共に行ってまいりました。テレビの「はじめてのおつかい」ではありませんが「はじめての営業」ということで、最初の方は大体そのまま言えましたが、最後の方はたどたどしくなってしまった感があります。ただ、相手には通じたらしく2月に開催する講座に担当者を出席させて判断するというご回答を頂きました。そして、2月の講座に参加された担当者さんが「とても参考になる講座でした。これからも参加してお客様のお役にたちたい。」という報告があったようで、3月7日、晴れてクロージングにその金融機関に行ってまいりました。今度は、大御所の先生も一緒に行くということなので、事前に資料だけ用意して何を話すかも考えずに相手側の責任者の方とお会いしたところ、大御所の先生はあいさつの後「それでは、詳しいことは吉村が説明いたします。」と言ったきり黙ってしまいました。「エッ!!そんな!!」と心の中では思いましたが、仕方がないので事実に基づいて一つひとつご案内しました。そうすると、たどたどしい説明にもかかわらず7月8日に、14時から17時の3時間の枠でセミナーを開催していただけることに決定しました。

アプローチからクロージングまで実体験でき、しかも成功した経験は私にとってとてもいい勉強になりました。他人のやっていることを、ああだ、こうだと批判するのは簡単ですが、実体験して習得したものは何よりの財産となります。こんな私でも出来たのですから皆様方も是非応用していただけたら何十倍も効果が上がるのは請け合いです。

 

author:吉村 以知郎, category:2013年, 10:58
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『商人しょうばいにんの道』について (商売のヒント vol.42)
  節分、立春と過ぎ、昼間の日差しが幾分強く感じられる今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。まだ寒い日も多いのですが、春が近くなると待ち遠しさが心に少しずつ広がってきますね。人間は希望の光が見えない時は、いつまで続くかわからない夜に不安が募りますが、夜明けの希望の光が見えた途端、今までの暗い気持ちが嘘のように吹き消され明るい活気に満ちた心持になります。春の光は確実に見えてきました。景気の光も少し見えてきたのかもしれません。大切なのは「光が見えてきた」と思い込むことではないでしょうか。そして「光が見えてきた」といろいろな人に言って歩くことで、いつの間にか「本当に光が見える」ことがあります。私が42歳の厄年の時、会う人に「私のは躍進の躍年です」と言って歩いていました。そうすると言っている本人が、心の底から「本当に躍進の年だ」と思い込むようになり、結果は本当に「躍年」になっていました。思い込むのが先か、言って歩くのが先かはどちらともいえないですが、結果だけはついてくるのは本当のようです。皆様も一円の原価もかからず、儲かる方法を試してみてはいかがでしょうか?

毎度のことながら、皆様の『商売』の分野については素人の私ですので未熟な私の哲学や思い込みもかなり含まれていくことになるとは思いますが、その時は御笑覧いただければ結構です。それでは第42回目を始めましょう。

商人(しょうばいにん)の道』について

去年の大掃除の時、私のパソコンのディスプレイの下を拭いていると机の下敷きの中に「商人(しょうばいにん)の道」というワープロで作られた文章が目につきました。私が若いころお世話になった台東区のある問屋さんの事務室の壁にかけられていた文章で、あまりにいい言葉だと思いお願いをしてメモさせていただいて自分でワープロに落として、自分の机の一番目立つところに入れておいたはずだったのにOA化の進展でいつの間にかディスプレイの下に隠れて目につかなくなってしまっていたのでした。その会社の創業者の方で当時は社長から会長さんになられた方は、私が心から尊敬する経営者のお一人ですが、若かった私からは、これからご紹介する「商人(しょうばいにん)の道」の内容と会長さんの風貌が少しずれているように映りました。どちらかというと「商人(しょうばいにん)の道」というよりスマートなビジネスマンのように感じられる方でした。そこで若かった私は、その会社の番頭格の常務さんに失礼ながら「会長さんはどうしても商人(しょうばいにん)に見えないのですが、いかがでしょう?」と聞いてしまいました。常務さんは即座に「根っからの商人(しょうばいにん)です」と断言されました。その時は「そうなのかなあ?」と半信半疑で引き下がりましたが、会長さんには直接お伺いできないので、その会社にお伺いするたびに、いろいろな方に会社の成り立ちや社史のエピソードを教えていただいてやっと「さすが「商人(しょうばいにん)の道」を社員やお客様のよく目につくところに掲げられて商売をなさっているだけあって、本当に実践されていた経営者の方なのだ」ということがわかりました。「商人(しょうばいにん)の道」の出典が書いてなかったので、当時は誰の言葉かわからずじまいでしたが、今ならネットで探せるだろうと思い調べてみましたが「福沢諭吉説」はあるものの福沢諭吉の本を読んでみても「そのもの自体」は見つかりませんでした。ただ、誰が書いたかは問題ではなく本当にそうだと思えるのなら、また商売している人が共感できるのならそれでいいと思います。また、出典を探す過程で福沢諭吉の「学問のすすめ」と「文明論の概略」という2冊を読んでみましたが、さすが福沢先生、1万円札に描かれるだけのことはあるという思いが強くした内容でしたので、熟読したら皆様にいつかご紹介したいと思います。なるほど福沢諭吉説が出てもおかしくない内容で商売のこともいろいろ書いてあります。慶応の学生は教養課程で「学問のすすめ」や福沢先生の考え方、哲学などを教わっているのであれば、社会に出てからかなわないなあと思い友人の慶応ボーイに聞いてみると「そのような授業は当時なかった」という答えでしたので少し?ホッとしました。話が脱線しましたが、「商人(しょうばいにん)の道」を初めて知った若い時に感動した部分と、今現在しみじみ「そうだなぁ」と思う部分が若干違っています。若い時は「商人(しょうばいにん)は冒険を望まねばならぬ」という部分と「商人(しょうばいにん)はどこからでも養分を吸い上げられる浮草でなければならぬ」という部分に感動して、実際にそのようにしてきたつもりでした。ですが今は一番最後の「他人の道は自分の道ではないというのが商人(しょうばいにん)の道である」という部分に本当にしみじみ感動している次第です。皆様の心の琴線に何か触れるものがあると私自身とても幸せです。それではご紹介いたします。

 

 

 

 


商人(しょうばいにん)の道」

 

農民は連帯感に生きる

 

商人は孤独を生甲斐にしなければならぬ

総ては競争者である

 

農民は安定を求める

 

商人は不安定こそ利潤の源泉として

喜ばねばならぬ

 

農民は安全を欲する

 

商人は冒険を望まねばならぬ

 

絶えず危険な世界を求め

そこに飛び込まぬ商人は利子生活者であり隠居であるに過ぎぬ

 

農民は土着を喜ぶ

大地に深く根をおろそうとする

商人は何処からでも養分を吸い上げられる浮草でなければならぬ

 

その故郷は住む処すべてである

 

自分の墓所はこの全世界である

 

先祖伝来の土地などという商人は

一刻も早く算盤を捨てて

鍬を取るべきである

 

石橋をたたいて歩いてはならぬ

 

人の作った道を用人し乍ら通るのは

女子供と老人の仕事である

 

私が歩む所そのものが道である

 

他人の道は自分の道ではないというのが

商人の道である


author:吉村 以知郎, category:2013年, 17:05
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